特別な木
去年の夏のことだった。
窓の外の景色を眺めた時、山の頂にある一本だけ飛び出した木が気になった。
その木だけが他の木よりもずば抜けて背が高く、夏の陽射しに照らされて葉っぱもまばらだった。
そんなハゲかけた木では、鳥も休憩ポイントとして止まるには暑さがしのげず、すぐに飛び去ってしまいそうだ。
だけど、もしも私が鳥だったならば、あの孤高な木の枝に止まりたいと思った。あの木のてっぺんからは、さぞかし美しい景色が見られるのだろう。そんな絶景を眺めながら、ホケキョ~だとかカァーだとか、思い切り鳴いてみたらどれだけ気持ちが良いことか。そんな妄想をしては、あの遠くの木に思いを馳せていたのだ。
ところが今朝、葉っぱの緑が寂しくなった山の木々を見ていて、今更ながらに気づいてしまった。
あの背高の木は、どうやら山より大分手前の平地から生えているようだ。あの山を苦労して登らなくても、少し歩けば手の届く範囲にある。
そんな普通の木が、夏の時期、緑で青々としている山と重なり、木のてっぺんだけが強調され、あたかも山の頂に生えているものだと錯覚させられていたのだ。
山の木々全てを見下ろす、山の頂上で一番背の高い木を、私は特別な木のようにあれやこれやと妄想を膨らませていたが、全てはかりそめだったようだ。
もしもあの普通の木が山の頂に生えているとしたならどうだろう。
それは沢山の木々に埋もれ、その他多数の山のエキストラとして気付くことも無かったはずだ。
あの木はそこら辺にある普通の木だった。
けれども、夏場にはカメレオンみたいに山の緑に自身を同化させ、山の頂を制覇する一番高い木のように錯覚させてきた。
まるでマジシャンのようなすごい木だ。
結局どんな形であれ、私にとっては特別な木であることには変わりがないようだ。