プラスかマイナスか
あれは私がまだ中学生だった時のことだ。
ある日、平和に暮していた私の元に、不幸の手紙が2通も届いた。朝、下駄箱を開けてラブレターかと喜んだのは束の間、手に取ってよく見ると、不幸の手紙だった。
なぜ故に私の元へ不幸の手紙が、それも2通も届いたのか。 朝から私のテンションはガタ落ちだった。
誰が送りやがったちくしょう! と心の中で毒づきながら教室へと入ると、2人の女子が私の元へとやってきた。
「かなちゃんゴメンね。もう他に送る人がいなくて・・・」
2人の女子が、本当に申し訳なさそうに謝ってきた。一瞬、こいつらか! と頭に来たが、良く考えると、うちの中学は田舎の学校。クラスも学年に1クラスずつしかない少人数だ。2人の女子が、送る人がもう居ないと言ったことはよく理解できたし、仕方がないと受け入れた。
調査すると、クラスで受け取っていない子を探す方が難しい。皆、一度はそれを受け取り、恐ろしい気持ちになりながら、でもそれを友達に送るのはどうしたものかと葛藤し、葛藤の末、自分を守るために誰か生贄を探して送る。そんな負の連鎖が蔓延していたのだ。
その不幸の手紙を貰ってしまったら、3人の誰かに送らないと自分が不幸になってしまうという物。
私は2通も貰ってしまったので、自分が不幸にならない為には、6人の生贄を探さねばならない。生贄を捧げなかったら、私は2通分の不幸を貰うことになってしまう。
なんてこった・・・。
私は途方に暮れた。
授業も身に入らない。まあ、授業はもともと身に入らなかったので、実際変わりはないのだが、より一層上の空になったのだ。
数学の授業の時、私はこの不幸を脱出する手がかりを見つけた。
マイナスの手紙が2通あり、3通のマイナスの手紙を書かなければならない。
つまり、マイナス2通×マイナス3通=プラス6通。幸福の手紙が6通できるということを発見してしまったのだ。
それを発見したとき、私は授業中にも関わらず、喜びのあまり大声を発しそうになったほどだ。
よし行ける!
不幸の手紙は、もらったところでプラスの手紙になるという発見だ。
よかった。マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるシステム万歳と思った。
私は家に帰ってから、マイナス2通×マイナス3通=プラス6通の不幸の手紙を用意した。
用意してから気づいた。
手元には、8通の不幸の手紙がある。
そうなったら、私はまた何が何だかわからなくなってしまったのだ。
6通の、私が書いた不幸の手紙は確かにプラスの手紙6通になっているはずだ。だが、もらった2通は、結局のところマイナスのまま変わらないのではないだろうか・・・。
私の頭はオーバーヒートしそうになった。
私はその8通のマイナスだかプラスだか分からなくなった手紙を抱え、自分の馬鹿さを呪った。
もう自分の中だけでは解決出来ないような気がして、家の外へと飛び出した。
外では父が、近所のおじさん達と焚き火をして談笑していた。
「おうどうした? しけた顔して」
父は豪快に笑って、私の手元を見る。
「なんや、たくさんラブレターもらったんか? モテるな~かなちゃん」
すごいなー。と父は、私の気も知らないで豪快に笑う。
「ちがうよ! 不幸の手紙だよ!」
私は8通の、もはやプラスかマイナスか分からなくなってしまった手紙を父に見せた。
父は、
「あ~、不幸の手紙か。懐かしいなぁ~、かしてみ?」
と、私から8通の不幸の手紙を奪うと、
「燃えてしまえ!」
と、焚き火の中に放り投げたのだ。
あー! と私は叫んだ。
あっという間に8通の、プラスかマイナスか分からなくなった手紙は灰になり、ゼロになった・・・。
「無くなった・・・」
すごい。ゼロになった。
「こんなの迷信、気にすんな! 絶対こんなもので不幸にはならん。俺が保証する!」
父は力強くそう言い切って、豪快に笑った。
「絶対? 命かける?」
私は笑う父に問う。
「ああ絶対だ。これをまた誰かに送って、その子をいやな思いにさせたら、その方が不幸だろ?」
父と近所のおじさんは、迷信だと言って豪快に笑っていた。
その豪快な笑い声と焚き火を見ていたら、私はどうでもいい事で悩んでいたことに気付き、ほっとさせられた。
色々と、頭がオーバーヒートしそうになって考えたが、やっぱり結局、ゼロになったのだ。
私は燃え上がる温かい焚き火に手をかざしながら、解放された喜びを味わった。
ゼロになり、皆が幸せになった瞬間だった。