夢と現実の間の世界
年越しをしたあたりで、初夢の話を書かれる人達がいた。私も楽しげな夢の話を書きたいのだが、今から書くものは全く面白みのない話だ。夢であって夢ではない、たまに見る『夢と現実の間の世界』の話だ。
なぜ夢と現実の間の話と言いきれるのかというと、その夢では、私の意思でその世界に何かしらアクションできるし、不快に思ったなら覚醒し、自由に現実世界に戻ることができるからだ。
夢と現実の間の世界に私が召喚されると、大抵知らない人間が困った顔で私の視界に入ってくる。何も語らず見ていると、その知らない人間はどこへ行くでもなくそこにとどまる。何を話すわけでもないが、表情から道を尋ねられていると勝手に私は思っている。辺りは闇の世界だが、人の顔と表情が見える不自然な所が、夢を思わせるのだ。
『私もこの世界の事は全く分かりませんが、光を探してそちらに行ってみたらどうですか? それからどうするかは貴方が決めてください』
と、人見知りの私がそう話しかけるのだ。
このセリフは私の中でテンプレート化されていて、知らない人間が迷って私の傍へと来たときに言うものだ。
少しすると、その知らない人間は消えて居なくなる。するとまた一人、やってくる。私は同じセリフを言う。何度も同じ事を言うのは面倒だなと内心思っていた。
そうしている間も、現実世界のリビングからは、息子がネット友達とゲームをしている声が聞こえてくる。近所迷惑だから早く寝るよう言わねばならないし、用も足したい。喉も乾いていた。
私は自分を覚醒させた。
用を足し、お茶を少し飲み、時計を見た。
イヤホンをして騒ぐゲーマーの息子に、
「声うるさいよ。そろそろ寝てね」
と声をかける。息子は首を上下にブンブンと振って、『分かった!』をアピールした。
夢と現実の間の世界は何日か続いていた。
闇の世界で知らない誰かが道を尋ねてくる。何人かが一度に来る時もあるし、一人づつ、消えては現れてを繰り返す時もある。不思議と子供に会ったことは無い。
私はいつものセリフを言うことが面倒になり、その世界に看板を立てかけることにした。木製の雰囲気ある看板に、いつものセリフを書いた。
別の日、登山スタイルの団体さんが通過していき、最後尾から2番目の男性が私をみて、微笑みながら会釈をしてくれた。私は誰にも道を尋ねられなかった。
看板効果があったのか、夢と現実の間で知らない人が道を尋ねて来ることは無くなっていた。ああ、楽になったと思った頃、知らない人間が地を這いつくばっている場面に召喚された。
看板はある。なぜこの女性は地を這っているのか・・・。女性は上半身を起こそうと頑張っていて、私と目が合うと、バツの悪い顔をした。
地なのか分からないそこからは、この高さの看板の文字が見えないのか? と考えた私は、とりあえずいつものセリフを言ってみた。それから一言追加して、
『きっとあなたは立てると思いますよ。ここでは歩けるはずです。這って探すより歩いてみてはどうでしょう?』
そう言うと、その女性の姿は無くなった。
クララが立った!! と言うシーンのように、彼女が立ち上がり、光を探して歩き出す姿までを見たかったが、そんな感動的なシーンは見せずに彼女は消えてしまった。
知らない人の登場シーンと去り際だけは、私にも操作できない世界のようだった。
私は自分を覚醒させた。
夢と現実の間の世界に行った時は、必ず覚醒をして用を足し、お茶を飲み、時計を見るようにしている。それは支配された夢ではなく、私が操作できる夢だと確かめたいからだ。
足が不自由だと思い込んでいる人もいるのだと、私は夢と現実の間の地と思われる部分に看板を追加した。そうすれば、地を這う人も見られるはずだ。ついでに、『歩けると思えば歩けるはずですよ』とも付け加えておいた。
連日続いていた夢と現実の間の世界は、しばらく見なくなった。行けた時には看板を確かめて、朽ちているなら新しい物に取り替えた。その世界で、知らない人と会うことはしばらくは無かった。しかし忘れた頃、地を這うミディアムヘアーの女性に会った。時代錯誤の服を身に纏っている。地面にも看板を設置したのに、なぜ? と思ってよく見ると、彼女の両目は無かった。
見えない人にはどうすればいいのだろうと考えた。音声ガイダンスを取り付けようかと思いながら、彼女にいつものセリフを私の声で伝えた。ついでに、
『あなたは見えるはずですよ。見えると思ってみてください。見えても結局ここは暗闇ですが、光を探してみてください』
彼女は消えた。
私は覚醒した。
用を足し、お茶を飲み、時間を確認する。
それからまたその世界に入って、暗闇の世界に向日葵を咲かせてみた。沢山の向日葵を咲かせたら、それぞれの誰かにとっての光が見つけやすい。向日葵の向く方向がガイドになってくれるという気持ちからだ。
それからというもの、夢と現実の間の世界に行く回数は減った。
今年に入ってから、久々にそこへと行くと、沢山咲かせた向日葵は一本も残ってはいなかった。
植物はここでは育たないのだろうか。確かに私は現実世界で植物を育てる才能がない。その向日葵達に水をやったことも無いし、ここでは光合成もできやしない。水や光が無くても、この世界は私の自由になるのだと思っていたのに、全てが都合良くはいかないのだ。しかし、道案内の看板はまだある。
道案内のヒントは与えても良いが、何処に光があるのか教えるというチートは禁止のルールがあるのだと解釈した。
これは、ある程度操作できる夢の話。だから私の中でこの夢は、『夢と現実の間の世界』と名付けている。
近々そこへと行った時、空がどこにあるのか分からない暗闇で、あえて空を飛んでみようと思っている。どこまでその世界で私の思い通りになるのか、色々と確かめてみたい。その世界にルールがあるのなら、そんな物は私が無効化する。
私は、その暗闇の世界を光のあるカラフルな世界へと変えられたら面白いなと計画を立てている。何も無い世界を開拓するのだ。そうすれば、立てた看板の修繕の必要も無いし、向日葵どころか、沢山の植物が育つ癒しの場所となるはずだ。鳥とかヤギとか猿とかの、沢山の種類の動物も住んでいたら、とても賑やかになりそうだ。美しい水辺も欲しい。空の色はどうしようか・・・。
どうせならそんな光が差す綺麗な場所が、私の夢と現実の間の世界であってほしい。