つまようじの赤
11月。
1ヶ月を振り返って文章を書き、みんなで読む、話し合うという集まりに参加してきた。これで3回目。
3回目ともなると勝手が分かるようになって、安心して行くことができた。
10月は集まりがお休みだったので、久しぶりな気もする。
↓2回目の記録
参加するたびに自分と向き合うことになるのだが、今回は不完全燃焼というか、自分の気持ちを分かりきれていない部分があって、話をするには不誠実だったような気がする。
問いに対して受け答えができていなくて、焦る。
文章を書いている人は、学校の勉強とはまた違う頭の良さや、独自のものの見方、生きることに対して真摯な姿勢を持っている人が多いように思う。
参加者それぞれの文章を読むと、気になる部分を必ずひとつは見つける。
ある方がつけたタイトルはとても良くて、わたしも自分の気持ちを表した言葉が意図せずキラーワードになったらいいなと思ったし、他の方の文章では色彩豊かで明るい年賀状の映像が浮かび上がってきたし、おばあちゃんとのエピソードを読んで聞いては、ジーンとしていた。
わたしも書きたいと思っている祖母との話を進めなきゃ。お墓参りにも行かなきゃ。たるんだ気持ちを正してもらえたみたいだった。
どの回でも共通しているのは、家に帰ってさらに考えを深めることで、どんどん気持ちが溢れてくるところだ。わたしはこう思っているのか。この言葉を選べば考えが伝わりやすかったかもしれないなどと、振り返りができるのがおもしろい。書くだけじゃなく、話すことで得られる理解や追究があるのも大切さだと感じる。思っていることを「そのまま」言葉にして、相手に話せるようになることも上手くなりたい。
今回の集まりでは、書いた文章も自分だと再確認したし、わたしは孤独がきらいではないと思った。
「つまようじの赤」
左手に海が見える。グーグルマップを開き、停まれる所を探す。とにかく、近くで海が見たいと思った。先には弓ヶ浜という公園がある。寄ってみようか。外は絶え間なく強風。これが海風ってやつかい?海があるか山があるかで、こんなにも住環境が違うのか。1分ほど歩くと海は見えたが、波打ち際を期待していたから遠く感じる。海は青いのに、波は白い。本当に、白い。
「ほらー。帰りはあっという間なんだよな〜。一回経験してるからかな」
車へ引き返しながら夫が言った。帰りはあっという間。わたしは常々思っていることだったので、そうなんだよねと前のめりになる。大抵、帰りは行きよりも短い時間で済む。実際の時間も、体感も。大人になると経験したことばかりになり、いろいろと「分かってしまう」ものなのかもしれない、という話になる。道のりでさえ(確か行きはこうだったから、帰りもこんな感じか)と意識せずに思っているのだろうと。
じゃあ、わたしが予期できない未経験のことってなんだろう。パッと思いついたのはバンジージャンプ、スキューバダイビング。んー、やらないだろうなぁ。高いところから落ちる浮遊感や泳ぐことは得意じゃないし。きっと、大人になっても未経験のことは、自分の苦手なことが多いんじゃないかと思う。それなら、わたしができる範囲内で未経験の物事は、あとどれくらい残っているのだろう。
つまようじの先端に付けられた赤。
小学生の頃に駄菓子屋で買った、きなこ棒が頭に浮かぶ。今のわたしは見つけ出すよりも、「それ」に出会うのを待ちたいらしい。