『天才少女は重力場で踊る』ネタバレなし・感想
<この先、ネタバレを含みません。どなたでも安心して、お読みいただけます>
結論から言うと、大変良かったです。買って得しました。普段、私は自分の職業関連の専門書や教本しか本を読まないので、久しぶりの読書を楽しめました。
SFとは本来、短編作品では扱いずらい内容であることでしょう。事実、私は短編、ミドルプライス以下の同ジャンルノベルゲーム作品について、かなり読みにくい印象を抱いていることが多いです。しかし、本作はSF要素も併せ持つものの、あくまでボーイ・ミーツ・ガールに特化したつくりをしております。時間遡行ものではあるのですが、そこまで難解な話になっていなかったのも、それが理由でしょう。
加えて、著者である緒乃ワサビ先生ご本人が、あとがきで仰っているように、本作はあくまでも「爽やかな読後感」を読者に残すことを目標にしており、小難しいSF要素を引っ張る類の作品ではない点もむしろ魅力でしょう。登場人物が簡潔かつ、スマートなのも好感が持てた点です。万里部も、三澄も、一石教授も記号的な要素を多分に持つものの、このような短編小説ではむしろそこが良い。登場人物に複雑な感情を取り入れすぎると、関係性が煩雑になり、展開を鈍化させます。
ここまで記していて私自身、気付きましたが、小説とノベルゲームでは求められる要素が大分違いますね。例えば、登場人物の記号化(分かりやすい個性、個性の簡略化)等、私がノベルゲームをプレイする上で最も忌避することと言ってよいです。しかし、小説ではそれがむしろ美点になっており、評価の対象になっている。これは新しい気付きでしょう。今後、私がノベルゲーム、もしくは小説に触れる上で大切な評価軸として、確固たるものになりそうです。そこに気付かせてくれた本作に感謝します。
最後に、ノベルゲームのシナリオライターの先生が小説家デビューすること自体について。これは…どうなのでしょうね。私としては一般文芸にも食指を伸ばしたいので、歓迎する方針ですが、客観的に見て、どう評価されるかは正直、よく分かりません。ノベルゲームファンならば、ノベルゲーム制作中心に携わっていて欲しいというのが純粋な願いでもあるからです。しかし、小説畑で修行を積み、積んだ経験をノベルゲームに活かすという方向性も考えられます。私は、小説、脚本家、別ジャンルゲームのシナリオにも挑戦できる地盤が整ってきてもよいように思います。本作を読了して、そう思いました。
新潮文庫の関係者の方々。並びに著者である緒乃ワサビ先生。素敵で爽やかな作品をありがとうございました。私は、緒乃ワサビ先生は完全に「小説家」であると認識しております(特に、『白昼夢の青写真』のcase1を読む限り、余計に)。今後の先生のご活躍に期待します。
本当に最後の感想として、ハヤシライスと、アップルパイが食べたい…