軽やかに笑う音は彼の
ラ・ロック=ダンテロン国際ピアノ音楽祭に、
今年は3回足を運んだ。
我が家にとってこの夏最後のコンサートは
藤田真央さんのリサイタルだった。
ホームページの出演情報を見れば
ほぼ毎日のように世界中のどこかで
コンサートをされている
超売れっ子の彼の演奏を聞けるチャンスを
逃すわけにはいかない。
日本で買ったばかりの藤田さんの著書
『指先から旅をする』を持って
いそいそと会場に着く。
文章も爽やかで素晴らしい、この本の表紙はまさに
音楽祭の目玉会場フロラン城公園前の
プラタナス並木ではないか。
この日のプログラムは
モーツアルトのソナタKV.333
セヴラックの祭り(組曲セルダーニャより)
プロコフィエフのソナタ1番
そして休憩を挟んで
モーツアルトのキラキラ星変奏曲
シューマンのクライスレリアーナ
なんという豊かな曲目だろう。
黒いマオカラースーツといういつものマオルックと
あの独特の力の抜けた歩き方で
藤田さんが登場すると
会場がワッと沸いた。
フランスにもファンが増えづつけているようだ。
満面の笑みで着席、と、共にモーツアルトで幕が開けた。
『指先から旅をする』にも
モーツアルトについて
自分と似ていて共感できるところが多いと
書いてあったが、彼の音には
本当に天性の明るさ、強さ、優しさを感じる。
エネルジックなプロコフィエフも
深みのあるクライスレリアーナも
素晴らしかったが
この日私が一番感動したのは
南フランスの作曲家デオダ・ド・セヴラックの
祭りという曲だった。
地中海を愛し
カタルーニャの民族音楽に触発されたセヴラックが
書いたこの作品、
フランス、スペイン、そして
なぜか日本的な和声も聞こえて
懐かしい郷愁のようなものが湧き上がり
ふと涙が込み上げてきたのだった。
ふと泣いてしまう、これが
昨年の藤田さんのコンサートでも起こった現象だ。
彼の軽やかさ、そしてその奥に潜む天才に
やられてしまうのだ。
そういえば演奏中に
ピアニッシモになった途端、
それまでずっと鳴いていた蝉の声が
ピタッと止んだ。
蝉さえも彼の音楽を讃えて参加していたようだった。
アンコールではメンデルスゾーンの無言歌に
プーランクの即興曲を二曲、そのうち一曲は
「エディットピアフを讃えて」だった。
セヴラックといいプーランクといい、
フランスの聴衆の心を
掴むサービスもバッチリだ。
サインをお願いするために列に並んでいると、
ありがとうございますと
藤田さんの声が度々聞こえるので
日本のファンがたくさん?と覗いてみれば
全てのお客さんに英語、フランス語、そして日本語で
ありがとうと対応されていて驚いた。
やっと順番が来て、張り切って本を差し出すと
おーっありがとうございます、と
にっこり笑ってくださった。
見返しを開きながら
普通はここに書くんですけど、どうしましょうと
聞いてくださったのに
あの、ここ、ここって、と
表紙を指さしていたら
ここでいいですか、と表紙にサインを書きながら
アーここ、ここですもんね!と
プラタナス並木を見ながらまた笑った。
ああ、彼の音は笑ってるみたいだったなあと
しみじみ感動した。
この夜にはおまけがあって
次の週にお気に入りのお寿司屋さんに行くと
日本人のマスターが
あの、先週ラロックダンテロンの藤田さんのコンサートに
いらっしゃいましたよね、と声をかけてくださったのだ。
私たちは留守にしていて行けなかった
亀井聖矢さんのコンサートにも
行かれたのだそうだ。
海外に住む日本人が、日本のアーティストの活躍を
どんなに誇りに
どんなに応援しているか
じわじわと共感して嬉しかった。
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