ソフの花瓶~プロローグ~

  今日はスミレの市川市立高校の卒業式だった。天野スミレは17才。皆でくカラオケに行った帰りだ。そんなスミレはお下げ髪にスッピンのいわゆる真面目な高校生で口紅1つつけたことがなかった。オレンジ色が好きで服もオレンジ色が多かった。
  次の日曜、髪にウエーブのかかった大人びた姉がやってきた。化粧品会社に勤めていてとても綺麗な肌をしている。姉は
「大学生になるのだから、もっと女らしく華やかにしなければダメよ。お下げ髪もやめて髪を切りなさい。」と、笑い化粧品一式をお祝いにくれた。とても、高価なものだろうし、スミレはちょっと気恥ずかしかったが嬉しかった。
  スミレの家は実は代々華道のお家元なので
家族総出でみな華道に通じていた。もちろんスミレは高校も華道部の部長をしていた。しかし、天野家の跡取りは弟の習志のためスミレは大学に入ったらスポーツのサークルにでも入ろうかと思っていた。スキーなんて楽しそうだなと友達とおしゃべりをしていた。友達はお化粧もうまく服のセンスも良いので大人っぽくみえた。
  天野家には、代々に伝わる宝物があり、世代世代に受け継がれてきた。それは白磁で出来た花瓶で虎の絵が描かれていた。普段は決して外には出さないもので、年に一度正月二日に椿の花を活けるだけのためにあるのであった。
  さて、新大学生、スミレはクラスメイトと共にめぼしいサークルを廻った。気が乗らなかったが母が一応華道部も覗いて見なさいと言うのでマーちゃんとサクラちゃんと言う友達といってみた。すると、顧問の先生と見られる中年の男性と共に、男子学生が普通の日に黒の絣の着物にタスキをかけて、壁一面の華?いや松の木等といった方がいいのだろうか?それを一心不乱な活けている。呼吸が止まった様に静まりかえり、その木々のあたる音だけが聞こえる。男子学生は額から汗をにじみ出していた。
   顧問の先生はスミレ達に気付くと
「見学か?」と、聞いてきた。
「ハイ、一応」と、スミレが答えるたと
「顧問の新野だ。やる気のあるヤツしか来るな」と、とても素っ気ない対応にスミレは少しガッカリした。しかし、スミレもお家元の令嬢、その活け花がどれほどのものか一目見て分かった。
「鷹木‼️その松を12センチくらい右に寄せて牡丹の華を活けたらどうだ?」と先生は言った。
化ハイ、でも僕としてはここに桃色の桜を際立たせたいのですとまあ、言わば反抗をしたが
「そうか。それもそうか」と言って手を二回パンパンと打った。
  スミレはその男子学生はこの華道部の部長さんだと分かったし、かなりの実力者だと見惚れてしまった。スミレの遅すぎる初恋だった。しかし、その鷹木と呼ばれた先輩はこちらには見向きもしなかった。
  そして、結局のところスミレは華道部に入ることにした。新入部員は四名だけだった。しかし、一年生は皆、ガーベラやチューリップ等でフラワーアレンジメントのようなことをしていて顧問の先生はいつも鷹木先輩ばかり見ていた。スミレは納得がいかず悶々としていた。
  ある六月の雨の日のことだった。華道部は休憩時間に入っていて卒業した先輩がスポーツドリンクをもって持って訪ねてきてくれた。スミレは人見知りなのでベランダに出てそれを飲んでいた。すると、鷹木がそばに座った。スミレはドキッとした。
「君は名前なんて言うのだっけ?」と聞いて来た鷹木を意外に思い
「天野スミレです。もう、六月なのですから覚えてくださいよ」と笑うと
「君はセンスのある良い活け花をするなと、思っていたのだ。何か習ったことでもあるのかい?」と、聞くのであまり言いたくはなかったけれど自分の家が華道の御家元で弟の習志があとを継ぐのだと答えた。すると、
「天野ってあの天野流のか」と目を見開いた。
「ヘエ」と、何だか嬉しそうにしていたのでスミレも嬉しくなった。スミレのショートカットが風に揺れた。鷹木は黒い服がやけに似合っていた。ちょっとクールに見えてカッコいい。それから高木との距離はだんだん縮まっていった。夏になると二人で一緒にかえるようになった。
「君のかばん、いつも高校生のようにぬいぐるみが付いているのだな。」
「え?エエ、ウサギです。知っていますか?」
「ああ、それくらいは…」
  その日、天気は快晴で南行徳郵便局を曲がったところにおしゃれな美容室があり、ラベンダーの花がいつも揺れていた、スミレはその雰囲気が好きだ。その裏にはお蕎麦やさんがあり鷹木と一緒に入った。何だかデートみたいでスミレは緊張した。ロングスカートを履いてきて良かったとホッと一息ついた。いわゆる普通のお蕎麦屋さんでスミレはおろし蕎麦をたべ鷹木は源平蕎麦と言う蕎麦を食べた。鷹木はとても上品な食べ方をしていて、さすが華道の御家元と言った感じだった。
  隣のマージャン店では皮のジャンバー等をきた男性が集まって煙草を吸いながらゲームを楽しんでいるのがみえた。
「久しぶりだな。蕎麦なんて食べるの」と、先輩が言うのでスミレは
「鷹木先輩はいつもはどんなものを食べるのですか?」と聞くと
「冷凍の海老しゅうまいとか、一気に1袋おやつに食べたりする。」と、言ったので意外と可愛いとスミレはわらった。
「私は黒蜜のかりんとうが好きなのですよ。」と、言うと
「古風だな。僕はあまり食べないな」と、笑った。
 そのような大学生活がスミレの青春でありスミレは満足していた。いつの間にか鷹木先輩とは友達のような恋人のような、いつも華道談義をする先輩に拍子をつける突っ込み役のような立場となったスミレであった。
   そして、冬のある日
「明日、家にすき焼きを食べに来ないか?ちょっと見せたいものがあるのだ」と言う誘いにスミレは大いに赤くなった。しかし、鷹木先輩は一人暮らしのわけもなく家族と共に食卓を囲もうと誘ってくれているだけなのだ。
「ハイ、じゃあ飛びきりおしゃれをして行きますね。」と言ってその日は別れた。烏瓜が赤く色づいた夕日に映え一番星が出ていた。
今年も寒くなりそうだった。街にクリスマスツリーが輝いていた。
~ソフの花瓶  プロローグ終わり~

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