風が、吹いている。
「バタフライ効果(butterfly effect)」という言葉を聞いたことはあるだろうか。
ある場所で蝶が羽ばたきをすると、地球の裏側で竜巻がおこる事があるという。この気象学の用語をカオス理論に引用したもので、些細なことがさまざまな要因を引き起こして、大きな現象へと変化することを指す。
風は、姿やかたちがなく、捉えどころがない。
しかし頰に触れ、髪がなびくとき、風という現象を受け止める。
人は、風土の中に生まれ、その土地の風気を受け、風俗にならう。それはすべて、与えられるものであった。風貌や風格といった、個人の特徴をあらわすことばにも風の文字が添えられるのは、風がそのすべてを規定すると考えられてきたからである。
風は、運ぶ。
誰かの祈りを、樹々が呼吸をする喜びを。
風は、祓う。
仕込まれた恐れを、青々と深い悲しみを。
風は、調べる。
澱んだ不確かさを、荘重な太古の響きを。
風が、吹いている。
そこには、永遠と瞬間が同時にある。