【ピアニストエリコの日常 ① 名医との邂逅】
2014年よりFacebookにて旅の間に間に書き連ねていた気儘な徒然記が、気づけば100に迫る数となりましたので、note の方にアップしていきたいと思います。
【エリコの日常 ①】
2014年6月12日の記 「名医との邂逅」
海外公演から帰国した。何が原因か、両腕に蕁麻疹が出て、かなりの痒みを覚える。
日本にいる間にアレルギー検査をしておこうと、皮膚科へ行くことにした。腕は確かと評判のお医者さんだが、無愛想なことでも有名だそうで、診察室で殆ど喋ってくれないという。
以前、デンマークに住んでいた時の担当GP (総合診療医) は、初診の時に私が英語で話すと「デンマーク語を話せないなら、診察しません」と診察放棄したなかなかのツワモノ女医である。その前のおじいさん先生は「肺炎かもしれません」と症状を訴えたところ「ああそうかもしれんな」と血液検査もせず、抗生物質の処方箋を書いただけで帰された。診察室滞在時間、1分未満。
帰り道、猛烈に腹が立ってきて、薬局で受け取った薬をゴミ箱に投げ捨ててしまったのだが、帰宅した途端、咳も熱もピタッと止んでいた。病は「気」で治せるのだと学んだ瞬間である。そして私の場合の「気」とは、憤死するギリギリ手前の怒りなのだということも。
クセモノ揃いの医者を海外で経験してきたので、多少偏屈で無愛想なくらいどうということもないだろう、名医であればそれで良いと診療所を訪れた。
やがて私の名前が呼ばれ診察室に入ると、果たしてカメムシを噛み潰したような表情の先生が座っている。噂どおりである。両腕の蕁麻疹についての我が説明を、問診票を見ながらさも迷惑そうに聞いている。
「ストレスが原因ちゃうか」と先生はのたまった。
私「でも先生、ストレスゼロの生活なんて現代人には無理です。ストレスがあることを前提で治してください」
先生は私を凝視した。長い沈黙が明るい診察室を漆黒に染めてゆく。やがて先生が重い口を開いた。
「... それを言ったら、身も蓋もあらへん」
私の返答に先生は心底呆れたようである。にも関わらず、先生の機嫌はなぜか心持ち右肩の方向へ上昇している感じなのだ。彼の機嫌・不機嫌スイッチの在処 (ありか) が全く分からないが、とにかくそのまま話を続ける。
私「海外の病院でアレルゲンを調べるパッチテストを受けたんですが」
先生「パッチテストー !? そんなもん、蕁麻疹にパッチテストして何が分かるんやっ」
私「先生、私に怒らないでください」
先生「... それもそうやな」
とにかくストレスを持たんことやと繰り返し、ほなさいならと先生は言いかけた。
私「先生、待ってください。もう一つだけ質問です」
先生「 ? 」
私「最近小指がちょこっとだけジーンとなるんですけど、診てください」
ここで再び先生の不機嫌スイッチが入った。
先生「ここは皮膚科や ! 整形外科とちゃう」
私「でも、先生、ちょっとでいいから診てください。ジェネラルな感じでいいですから、お願いします」
先生「(ジロジロ小指を見ながら)なんともないように見受けられるが、強いていえばごく軽い打撲とちゃうか」
私は感心してしまった。なるほど私はピアニストである。毎日毎日鍵盤を打ち付けているから、万年打撲しているのと同じである。
私「先生、どうもありがとうございました」
先生「はいはい、お大事にね」
... ようやく、自分に合うお医者さんに巡り会えた安心感とともに帰宅した。
all photos: Helle Arensbak