アルプススタンドのはしの方
アルプススタンドのはしの方、という映画がある。もともと高校演劇部が作った戯曲を映画化したものだ。タイトルの通り、甲子園球場のアルプススタンドの真ん中ではなく「はし」で巻き起こる人間模様を描いた映画である。
私も、高校野球と聞いて思い出すのは、アルプススタンドのはしからの風景だ。それも、私はぽつんとはしにいただけで、何の人間模様の中にもいなかった。むしろ、同じ高校の知り合いに鉢合わせてしまわないように、こっそりアルプススタンドのはしに行った。
本当は甲子園になんて行きたくなかった。みんなでバスに乗り合わせて一致団結する感じの空気が嫌いだったし、長時間移動してそれでやることが意味もなく大声を出すだけなんて馬鹿げている、と思っていた。
それでも甲子園に行ったのは、なぜか母に誘われたからだ。だから私は、母と2人で甲子園に行ったのだ。アルプススタンドの真ん中で応援している同級生に引き込まれるのが怖くて、甲子園球場ではひっそりしていた。
アルプススタンドのはしからの景色は、良い景色だったというわけではないがよく覚えている。焼けるような太陽の熱さと、かちわり氷の冷たさと、薄暗い自意識とが一緒になって、大事な記憶になっている。今では、思い出作りのために連れ出してくれた母に感謝している。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?