ざわめきの中で、書くための空気を探して
なぜフランスなのか、と聞かれることがある。
そのたびに僕は少しだけ考え込む。
フランスにはもちろん、表向きの理由がある。
学部留学だとか、語学の勉強だとか、そういった分かりやすい理由だ。
でも、本当の理由はそれだけではない。
僕にとってフランスという国は、心をざわつかせる空気が漂う場所だ。
それはパリのカフェテラスの風景かもしれないし、リヨンの石畳に残る雨の匂いかもしれない。
あるいは、地方の静かな街並みに響く教会の鐘の音かもしれない。
どれもが、それぞれの形で僕の心を揺らし、何かを書きたいという衝動を呼び起こす。
僕が目指しているのは、そんな「空気感」を紡ぎ取る文章だ。
ただの言葉の羅列ではなく、その場の匂いや温度、そしてざわつく心をそのまま文章に閉じ込めるような作品。
だから僕にとって、フランスは学ぶ場所であると同時に、書くための場所でもある。
その空気の中に身を置かないと生まれない言葉があると信じている。
フランスに来ることを決めたとき、最初に悩んだのは「どこに住むべきか」だった。
パリか、それ以外か。
パリには確かに惹かれるものがあった。
華やかで、歴史があって、世界中の文化が集まる場所。
きっと、パリに住めば刺激に満ちた日々が待っているだろうと思った。
でも、その一方で、都会の喧騒から一歩引いてフランスを見つめたいという自分もいた。
「フランス」を本当に知るためには、地方に住む必要があるのではないかと思ったのだ。
華やかなパリの背後には、地方の静けさがある。
フランスという国の本質は、その両方にあるはずだと。
僕が選んだのは、フランスの地方都市だった。
名前を挙げても、世界的には知られていないような小さな街だ。
カフェはあるけれど、どれも地元の人々が集まる場所ばかり。
観光客はほとんどいない。
街の中心には小さな市場があって、毎週末、新鮮な野菜やチーズが並ぶ。
教会の鐘が正午を告げる音が聞こえるたびに、僕はフランスにいるんだなと改めて実感する。
本当のところ、時々思うことがある。
やっぱりパリにすればよかったんじゃないか、と。
都会の刺激に身を置いて、流行の中に飛び込んだほうが楽しいかもしれない、と。
でもその考えが浮かぶたびに、僕は冷たい風に頬を当てながら、自分に言い聞かせる。
「今、ここでしか感じられない空気がある」と。
地方の街での暮らしは静かだ。
でもその静けさの中に、フランスの本当の姿がある気がする。
それは、ざわついた心のどこかを穏やかにしてくれる一方で、別の部分を鋭く研ぎ澄ませてくれるような感覚だ。
その感覚が、僕に言葉を与えてくれる。
フランスは、ただの舞台ではない。
ここにある空気、ここでの時間が、僕の文章を形作っていくのだと思う。
だから僕は、この静かな街で書き続ける。
ざわついた心をそのまま言葉に変えながら。
これは僕の5つ目の記事。
もしあなたがこんな僕を応援してくれるというのであれば、その旅路を少しだけ見守ってほしい。
どこかで、一杯のコーヒーと共に。