見出し画像

あの日の富士山がもたらした決意

「この人と結婚したら、想像もしていなかった未来にたどり着ける気がする」

これが、夫と結婚すると決めた理由だ。

きっと、10万~50万人規模の地方都市に住んで、
食費やら光熱費やらを節約しながらにぎやかな子育てを楽しみ、
合い間にパートか派遣で仕事をしながらささやかに家計に貢献。
楽しみはリビングで嗜むコンビニスイーツと、年に3回程度の温泉旅行。

こんな風にぼんやりと考えていた未来予想図を、この人と一緒にいると軽くひっくり返されそう。
苦労するかもしれないし、驚くほど楽しいかもしれない。

でも、とにかくなんだかんだ、「こんなことが自分の人生に起こるなんて」とびっくりさせてくれる気がする。

こんな確信めいた思いが芽生えたのは、付き合い始めて何度目かのドライブだった。

気分転換に車を走らせることが好きな彼は、毎日ほぼ終電帰り、下手すればタクシー帰りの日もあるくらい忙しい仕事なのに、週末にはあちこちドライブに連れて行ってくれた。

東京郊外から、「花見に行こう」といって静岡城まで行ったり、
「うなぎを食べよう」といって三島まで行ったり、
「海を見に行こう」といって鎌倉や伊豆に行ったり。
お台場や横浜、海ほたるといった定番の華やかな場所にも連れて行ってくれた。

まだ上京して2年目。
東京すらろくに観光もできていないのに、
あちこち出かけた後、キラキラした橋を渡って夜景を眺めながら家路につくまでのすべてが夢のようで、とにかく楽しかった。
場所というよりも、一緒にいる時間は楽に呼吸ができるような気がしていたし、
何時間渋滞してもずっとしゃべっていられるほど、居心地がよかった。


なのにその頃はなぜか、
「こんな華やかな経験をさせてくれる人が、自分のパートナーになるはずはない。いつか通り過ぎていくんだろう」
とどこか冷めた目も持っていて、だったら一緒にいてくれる間だけは楽しもう、なんて考えていた気がする。


それが、ぐるんと切り替わったのは、秋の箱根にドライブに行った時。

秋晴れの気持ちのいい日で、空気が澄んでいてカラッとした青空の下、いつものように中央高速道路を走らせ、御殿場のインターを下りた瞬間。

目の前にバー―ンと富士山が迫っていたのだ。

それはもう、神々しいほどの圧倒的な存在感と美しさで、ひれ伏さずにおれない光景だった。


これまで富士山は何度も見てきたし、なんなら冬場は自宅近くからも見える。
通勤ルートの途中にも見えるスポットがあって、「キレイに見えたら今日はいいことがある」なんて願掛けめいたこともしてる。

でも、その日の富士山は違った。
真正面に、富士山の全景。それしか見えない。視界のすべてが富士山。
冠雪からけぶるように薄く雲がたなびいていて、スキッとした青空にくっきりと浮き上がっていた。

私は眠気も一瞬で吹き飛んで、ただただ息を呑みながら圧倒されていた。

その時、この光景を一緒に見ているこの人と、これから先一緒に生きていくことになるのかもしれない。
これから先、こんな風に圧倒的な景色を見せてくれるのかもしれない。

いいことばかりじゃないだろうけど、それもひっくるめてそんな忙しい未来、楽しそう。

そんな考えが脳裏をよぎった。
あれはもしかしたら富士山からのご神託だったのかもしれない。

+++

あれから22年。私は今、ロンドンにいる。
夫の海外赴任の帯同で、約2年間の海外生活。

それまでに3人の子どもに恵まれて、
夫と私はそれぞれ1回ずつ会社を辞めて転職し、
私は「チームで働くのが好きだし不安定な生活は気が小さいから向いていない」と言い切ってきたのに、フリーランスとして働いている。

まさか、自分の人生に「フリーランス」「海外生活」なんていう生き方がやってくるなんて、まったく思いもよらなかった。
でも、全然悪くない。

夫の会社は海外赴任手当なんて気の利いたものは出ないから、食費やら光熱費やらを節約しながら、
フリーランスとして働いて、ささやかながら家計に貢献している。

あの頃は小さな車の中で渋滞の中をふたりでずっと話し続けていたけれど、
今は5人でずっと話し続けている。
上の二人は大学生。東京の自宅に置いてきたけれど、毎週末ビデオ通話。プレミアリーグの話を始めると、全員止まらなくなる。


人生は「想像もしていなかった部分」と「予想通りの部分」の組み合わせでできている。割合は時期によって少しずつ変わるけれど。

私は、「にぎやかで仲良し」という部分だけ残してくれたら、あとはひっくり返っても別にかまわない。

それさえあれば、なんとかなる、どうとでもなる。

どうしようもないところはあきらめて、あの日の富士山に心の中でそっと手を合わせることにしている。



#想像していなかった未来

いいなと思ったら応援しよう!

ericoach
ぜひサポートをお願いいたします!あなたのサポートが自信と責任感につながります^^