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続・自治体基金運用含み損問題/阿南市とか福津市とか/地方財政の中の人がそこそこ真面目に語るnote

皆さんこんにちは。地方財政の中の人です。
地方自治体で約10年近く財政運営に携わっている経験を基に、身近な問題について地方財政の視点から語っています。


基金含み損問題が取り上げられるケースが増加

私は、1ヶ月前に福岡県福津市が基金運用で多額の含み損を抱えているという問題について、記事を書きました。

さらに前には、徳島県阿南市で、基金残高のうち債券が6割を占める事態になってる問題も報道されていました。

そして、2月27日は、ついに日本経済新聞も、九州地方の自治体の基金含み損問題について報じました。

今回はこれらの「自治体基金含み損問題」について、改めて課題の整理をした上で、問題の本質について、地方財政の視点でお話しをしたいと思います。

改めて問題を整理

はじめに、「自治体基金含み損問題」の何が問題になっているのかを改めて整理したいと思います。

徳島県阿南市のケース

徳島県阿南市は、運用している基金約150億円のうち、約6割を債券運用しており、現金残高が少なくなっていることを問題視し、昨年12月に第三者委員会を設置しました。

もう少し問題を整理しましょう。
地方自治体の基金は、ざっくり言って「財政調整基金」「特定目的基金」に分かれます。
そのうち、「特定目的基金」は、特定の目的のために(例えば、公共施設の建替えなどのための「公共施設整備基金」)作られた基金です。
一方、「財政調整基金」は、税収の増減などによる年度間の収入調整や災害などの際の緊急支出に備えるために作られているものです。

阿南市の問題はどちらかというと、「財政調整基金」の方で起きています。
令和4年度末の「財政調整基金」残高は令和4年度末で約101億円で、うち現金は28億円でした。しかし、令和5年度末には80億円となり、うち現金は5.4億円でした。さらに、今年度の予算でも約36億円を取り崩す計画となっています。

確かに、この2年間で急激に「財政調整基金」の残高が減少しています。金利の上昇に伴い、債券を売却して取り崩すのではなく、現金を取り崩した結果、現金が5億円程度になってしまっているという、かなり異例な状況となっています。

『岩佐市長は22日の会見で「大変厳しい現実であるという認識だ。長期での債券保有は異常だと思っている」と述べ、危機感を示しました。』

出所:徳島NHK WEB 令和5年10月22日

しかし、もう少し深掘りすると、別の状況が浮かび上がります。
阿南市の岩佐義弘市長は、徳島県議会議員を経て、令和5年12月に、阿南市長に就任しました。
その岩佐市長の公約が、「1世帯あたり10万円を支給する」というものだったのです。
その公約を実現するために、令和5年度に「財政調整基金」を25億円取り崩したということです。

市長の交代が「災害レベル」の事態といえばそうですが、「財政調整基金」を取り崩してまで、公約である「1世帯あたり10万円を支給する」ことの政策判断が適切だったのかについては、ここでは評価しません。ともかく、「公約実現」が基金残高問題の引き金になっていると思われます。

率直に言って、この問題は「債券運用の問題」にカテゴライズされるものではないと思います。

福岡県福津市のケース

福岡県福津市のケースについては、債券運用の課題であると言えます。
2019年(令和元年)から2020年(令和2年)にかけて市の基金100億円のうち74億円を国債や社債に投資しています。
しかし、金利上昇の影響でこれらの債券の時価が約3割下落し、23億円の含み損を抱える事態に なっています。
福津市は、今後、学校施設の整備など、基金を取り崩して実施する事業が予定されているのですが、その財政計画と基金運用の実態との整合性が取れていないことが問題視されています。

以上、徳島県阿南市も福岡県福津市の問題も、金利上昇による含み損の増加がトリガーとなり問題が浮かび上がっていますが、問題の本質は、財政部門(資金管理)と政策部門のコミュニケーション不足というものであることに留意する必要があります。

「一般的な」地方自治体の基金運用とは

地方財政の中にいる私としては、阿南市や福津市の問題には、少し迷惑しているというのが本音です。
彼らの問題は特殊ケースであると強調をしたいところではあります(他の自治体で同様の問題を抱えていることはないと信じたいです)。

では、一般的な地方自治体の基金運用はどのようになっているのかを述べておきたいと思います。

まず、大前提として、基金の原資は住民の皆様からお預かりした大切な税金であるということです。したがって、それを毀損することはあってはなりません。基本的には、運用をミスって、損切りするということは考えられません

自治体の基金運用については、相当に保守的であるというのが根底にあると思います。しかし、2000年代初頭のペイオフ解禁(1金融機関あたり預金者1人につき元本1,000万円まで保護)と長らく続いた低金利の時代などにより、債券運用を行う自治体が増えてきたところです。

昨年12月に東京大学公共政策大学院特任准教授の服部孝洋さんが『はじめての日本国債』という本を出版されました。その中で、次のように述べています。

「10年債への投資は10年間のキャッシュフローを確定させる行為」

(服部孝洋『はじめての日本国債』、集英社新書、2024年)

まさに、地方自治体の基金を運用している我々は、国債や地方債への投資により運用期間中のキャッシュフローを確定させています。
国債や地方債は、いつどれだけお金を使う必要があるかという財政計画と整合性が取れていれば、非常に良い運用手段なのです。
特に国債は、様々な年限のものが中古市場に流通しているので、資金計画に応じて柔軟に運用できます。そして、満期まで持っていれば、必ず額面の金額が償還されます。

この「満期になれば元本が戻る」ということが、地方自治体の資金運用の実態と非常に親和性が高いのです。
というのは、地方自治体の資金運用は、大きな政令指定都市などを除いて、専任の担当者はいません。まれに「会計管理者」という比較的余裕のある職にある職員が担っている場合もありますが、多くは、兼務で資金運用を担当している場合がほとんどです。
したがって、四六時中、利回りの変動を追うことはできません。まして、元本が保証されていないような商品に手を出して、夜も眠れないというような状況はあり得ません。
満期まで持ちきりの運用が原則で、日々の市況に一喜一憂しない、というのが基本的な姿勢です。

どこの自治体でも含み損は生じている?

ところで、昨今表面化している自治体保有債券の含み損問題についてですが、低金利下の時代に債券運用を行なってきた自治体の多くは含み損が発生していると思います。

10年国債利回りの推移(財務省HPから筆者作成)
https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/interest_rate/index.htm

これは、10年国債の利回りについて、財務省のホームページに掲載されている1987年からの推移をプロットしたものです。
2017年から2022年くらいにかけては0%前後で推移していました。それ以降、日銀のゼロ金利解除・利上げにより利回りが上昇しているのはご存知の通りです。

金利が上昇すれば価格は下落しますので、当時購入した債券は軒並み価格が下落している(含み損が生じている)はずです。
含み損が生じていないとすれば、それは債券を購入していない自治体であると言っても過言ではないと思います。

繰り返しになりますが、基金残高に含み損が生じていることがただちに問題になることではないということには留意が必要です。

派手な見出しに踊らされないために

地方自治体では、2月から3月にかけて地方議会の定例会が開かれます。その中で、この基金含み損問題が取り上げられる可能性があります。そのような意味で、今後、この問題が皆さんの目に触れる機会は増えることになるかもしれません。

確かに、新聞の見出しやネットニュースのヘッドラインで「〇〇自治体〇〇億円の含み損!」と出れば、センセーショナルではあります。
しかし、今回の記事を踏まえて、どうか過剰反応せず冷静に正しい解釈をしていただきたいと思っています。

改めて論点を確認します。

  • 自治体が将来のため備える基金を債券などで運用することは悪いことではない

  • 含み損があることが問題なのではない

  • 中長期の財政計画と整合しているかを見極めることが重要

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

最後に、参考になった書籍のご紹介

今回の記事でも引用させていただいた、東京大学の服部孝洋さんの『はじめての日本国債』をご紹介させていただきます。
地方財政の中の人として、債券運用にも携わっている者としては必携の本だと思います。さらに、日本国債の発行プロセスとして、財務省の視点での記述(第7章日本国債はどのように発行されているか)は、地方債を起債する担当者としても大変参考になる内容でした。
「金利がある」時代に入ったいま、日本国債に対する注目度も上がっています。私のnoteをお読みいただいている地方財政の「外」の人にも大いに学びのある内容だと思います。

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