32歳のワードローブ
「子どもの頃、30代はすっかり大人だと思っていたけれど、実際なってみると変わらないね」
30歳を越えると必ずこの手の話題があがる。
まず私的な結論を出すと、自身の主軸となる意識は皆が言うように変わらないと言える。人によっては魂と呼んだりもするこの「内面」は、物心ついた頃からずっと、ここにある。知識や経験、物事への対処法など入ってくる情報である「外面」の部分が日々変わるのだろう。
内面はまるで素体のマネキンのようだ。
知識や経験の外面部分は、服やアクセサリーバッグなど装飾品のイメージ。
歳を重ね生きていくと処世術というドレスと出会ったり、時には知識と言うバッグを譲り受けたり、不要なアイディアを箪笥の肥やしとして眠らせたりしている。自分なりに工夫し着回しを覚え、必要な場面で引っ張り出し、時には厚着したり軽装になったり。
内面は余程の事がない限り中々変わらないが、外面はファッションのように変える事が出来る。変化は意識的な行為だ。
格好良い大人達も偉人達も、もしかしたら内面的にはさほど私たちと変わらないのかもしれない。だが知識思考センス振る舞いなど、外面のツールのコーディネートや見せ方が上手いのだろう。
さあこの話題を上げた今の私は、着膨れてばかりいないか。
その知識、服装は時代遅れではないか。
自身の肉体的変化とクローゼットの中身は果たして釣り合うのか。
コーディネートを楽しむ事ができるだろうか。
自身の内面を自覚し、外面の使い所を日々確認していきたい。
先日、32歳の誕生日を迎えました。
お祝い下さりました皆様、ありがとうございます。
誕生日当日の東京は通行止めが出る程の大雪で、夜は家でゲームで遊んでおりました。
公園で遊んでいた頃のように、オンライン対戦FPSゲームでがむしゃらに駆け回っていたので、やはり内面的な部分は変わらないのかもしれません。
これからもよろしくお願いいたします。