フリーランスだから気付ける新規事業の盲点:“自分の財布”で考える力
とある老舗酒造会社から、新規事業に関する依頼を受けた際のお話をしたいと思います。その企業は、長野にある1600年創業の伝統的な老舗の酒造会社で、生薬を本みりんに漬け込んで販売するというユニークな事業を展開していました。
逸品としての本みりん
例えば、この酒造会社の本みりんは、非常に美味しく、調味料として使用することで砂糖を控えつつ料理をまろやかに仕上げることができます。宮内庁御用達という肩書も持ち、宣伝をほとんど行わずとも、毎年売れ続けています。驚くべきことに、商品は陳列台の目立たない場所に置かれているにもかかわらず、リピーターや口コミによって安定した売上を誇っています。このような商品は企業にとって非常に貴重な存在です。
一方で、同社のその他の商品は、広告宣伝費を大きくかけていることが多く、この本みりんのように宣伝なしで売れる商品は非常に稀なケースだと感じました。
このように1600年に創業された老舗企業らしい「浮世離れした上品さ」も魅力の一つでしたが、それが新規事業の運営において一部の課題を生む場面もありました。
依頼内容と課題
依頼内容は、新しくオープンする商業施設のレストランに関するメニュー開発やオペレーション設計、さらに必要な機器の選定までを含むものでした。この案件は、あるコンサルタントの先生からの下請け業務として受けたものでした。
1. 不要な機器の導入
設計図面やメニュー案を確認した際、「不要と思える機器」が導入計画に含まれていることに驚きました。
例えば、ブラストチラーです。この機器は、調理後の食品を急速に冷却するためのもので、大量調理を行うホテルや給食センターでは必要ですが、今回のレストラン規模では明らかにオーバースペックでした。
私は、「この機器はコストがかかるため、削減すべきだ」と申し伝えました。その結果、ブラストチラーの導入は最終的に見送られることになりました。新規事業の準備段階では、知識のないまま不必要なものを取り入れるケースが多いものです。
2. 原価不明のメニュー提案
さらに驚いたのは、メニュー開発を担当した某大手商社の給食専門会社による提案でした。プレゼンテーションでは、メニュー内容やオペレーションについての詳細が示されましたが、原価情報が一切提示されませんでした。
これは、食に携わっていない方でも驚くような状況です。大手企業が行うプレゼンテーションでありながら、原価を明記しない提案は、ビジネスの基本を欠いていると言わざるを得ません。「原価がわからないままメニューを採用する」というのは、誰が見ても問題であり、疑問を抱く内容です。会議では、当初この問題について誰も指摘をせず、プレゼンテーションが進んでいきました。しかし、私はその場で「原価が不明な状態では、提案の妥当性を評価することはできない」と指摘しました。この指摘をきっかけに、参加者たちはその問題点に気づき、最終的には内容が訂正される運びとなりました。
考察: 権威バイアスと環境の影響
ここで注目すべきは、プレゼンテーションが行われた場所の雰囲気です。その場は、圧倒的に豪華で美しい空間であり、キッチンや商談ルームも高級感あふれる設えでした。多くの食品メーカーでもプレゼンテーションルーム、そして厨房はあるものですが、これほどまでに豪華な設えは、あまり見かけたことがありませんでした。そしてこのような非日常的な空間では、「正しい判断」を妨げる権威バイアスが生じやすくなります。
権威バイアス: 豪華な環境や高級感に圧倒され、提案内容そのものが「正しい」と思い込んでしまう心理現象。
特に、この場では以下の問題が生じていました:
雰囲気に飲まれる判断力の低下
豪華な環境に影響され、内容を冷静に評価できなくなる。
組織に属する安心感
企業に所属する人間は、コストが自分の財布に直接影響しないため、原価意識が希薄になりやすい。
さらに言うと、上品な社風もあって、これらの影響があったのかもしれません。
フリーランスの視点と教訓
この経験を通じて、フリーランスの強みは、常に「自分の財布」で物事を考えるという点にあります。それはコスト意識を持ち、無駄を排除する目を常に持っていることです。自分の財布が直接影響を受けるため、コストや効率について徹底的に考える習慣を持っているからです。
一方、企業に属していると、コストの重要性を認識していても、自らの財布が痛まないために判断が鈍くなることがあります。この差が明確に表れた場面でもありました。
新規事業における提案のポイント
新規事業の場では、外見的な華やかさに注目が集まりがちですが、実際に必要とされるのは、地に足のついた提案力です。権威や環境に流されることなく、冷静に問題点を見つけ出し、具体的な解決策を提示する姿勢が、真の価値を生むと言えます。
無駄を削る: 長期的な視点で提案内容を精査し、不必要な要素を排除する。
基本に立ち返る: 原価やコストを正確に把握し、それに基づいた提案を行う。
環境に流されない: 豪華なプレゼンテーションや権威に惑わされず、冷静に内容を判断する。
このような視点を持つことで、私は今回の案件を通じて、フリーランスとしての役割と新規事業支援の本質を改めて実感しました。フリーランスとしての視点を持ち続け、問題点が流される場面にストップをかける役割を果たすことの重要性が新規事業では求められると実感いたしました。