科学絵本と物語絵本のあわいに~『クジラがしんだら』のあとがきに変えて
深い海の底でクジラの骨に集う生きものたちの話を初めて聞いたとき、わたしが感じたのは、命綱をつけずにまっくらな宇宙に放り出されたような、こころもとない気持ちでした。
深海は、日の光が差さず、生きものが少なく、だから食べものが少ないところです。ところが、ごくたまに、突然、上から巨大な食べもののかたまりが降ってくる。それが、命を終えたクジラです。長ければ100年にもわたって、クジラの体はさまざまな生きものの命を支え続けるといいます。
とほうもなく長い時間だけれど、必ずどこかで終わりはきます。終わりぎわに生まれた子は、どうしても別のすみかと食べ物を探さなくてはいけない。こんなに広い海で、そうつごうよく、沈んだクジラに出会えるものでしょうか?
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この絵本でわたしは、クジラの命の終わりから始まる深海の生きものたちの大宴会と、宴の終わりに外の世界へと旅立った小さな命のゆくすえを描きました。
まっくらな宇宙にも星があるように、見渡すかぎりの乾いた砂漠にとつぜん緑あふれるオアシスが現れるように、人里から遠く離れた森の奥で、明かりがともる小さな家にふいに出くわすように、深い海の底にも必ずどこかに明かりがある。クジラの骨に集う生きものたちは、それを教えてくれます。
深海の生きものたちが抱える不安や喜びを、読み手が体で感じてもらえる本にしたい。そんなわたしの思いを現実化してくれたのが、生物画家かわさきしゅんいちさんの絵でした。
緻密に描写できる知識と技術をお持ちでありながら、秀でたバランス感覚で生きものたちの仕草や表情をときにコミカルに、ときにはドラマチックに描き、客観的な科学絵本とは一味異なる、オリジナルなスタイルの絵本として命を吹き込んでくれました。
監修は鯨骨生物群集研究の第一人者である、海洋研究開発機構の藤原義弘さん。客観と主観の間で試行錯誤するわたしたちを温かく見守り、主観的な表現に振れ過ぎたときには引き戻してくれました。稀有な組み合わせで実現した本書が、子どもはもちろん、深海好きの大人にも届いてくれたらと期待しています。
(終わり)
クジラがしんだら、どうなるの?