きわえり

絵描きの際恵理/KIWA ERI です

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絵描きの際恵理/KIWA ERI です

最近の記事

白石島に行った話

笠岡諸島のひとつ、白石島に行ってきました。 白石というくらいなので石切りの行われる石の島、 ゴツゴツとした岩が島の至る所に点在鎮座し エネルギーがじんじん感じられます。 瀬戸内の海を初めて見たのですが、波がほとんどなく、穏やかでエメラルドの美しい海は湖のようでした。 お寺と神社が島の真ん中にいくつもあり、また立派な仏舎利まであり、神仏習合の強い信仰を感じます。 風光明媚とあまりの静けさに嘘みたいな不思議な空間でした。 島人口は400人ほどと聞いたけれど、30人くらい

    • 2022.4シャーペンの芯の減りは早い

      最近張キャンバスにシャーペンでガリガリとドローイングしている。粗い目に硬い芯が当たる抵抗感、粉末になって現れる炭素、擦れ。 簡単に擦れやがる、うざい。いや心地よい、か。 勝手に自分の中で当たり前になっている概念。雑念を払拭するようにガリガリと、もはや禅であるとすら思う。 とてもくだらないが輪郭線を描くのは間違いだと思っていた時期がある。絵を描き始めた7年程前のことだ。 輪郭を描かなかった頃の私の絵に黒はほぼ存在しない。 ところが線を自分の中で許可した途端、輪郭とする線は自ず

      • 変動、動揺、どうしよう

        早いもので師走。人の変動話ばかり聞き、私は動きとして地味だが少しだけ振り返っておこうと思う。 この3ヶ月程かけて切り替え、過去の清算ができた。というよりは流れに身を任せていたらそうなった。 休む、10日程集中し描きぼろぼろになる、休む。普段より消耗するのでギリギリまでなるべく休み、余裕の無くなった時間の中でギリギリまで描く、自然とそういう流れになり9月、10月の間何度か繰り返していた。 ずっとずっと描き続けている人、作り続けている人、擦り減らしながら闘っている人を知ってい

        • スマホを道端に落とし、すれ違う小学生から心配される私の最近

          道を歩いていたところ、ぽろっと手からスマホを落としてしまった。 地面で綺麗にスマホケースが外れハッとしていると、前から歩いて来た小学生3人組による「大丈夫ですか」の輪唱、心配してくれた。優しさよ。 大丈夫、ありがとう。 と言いながら、私は大丈夫なんだろうかと自問自答する。 彼女たちはランドセルを背負っているだけで、私より余程しっかりしていると思う。自信がある。 最近についてのあれこれ。 先日、藤井風氏のライブに行った。 彼は人間より少しだけ高い位置にいる天使のような存在

        白石島に行った話

          左様なら、切望、初めまして

          ここ最近気になった事を挙げる。 ・iPadの画面に亀裂が入った。(ショック強) ・iPhoneの画面保護がバキバキに割れた。 ・Wi-Fiが壊れた。 ・訳あってAdobeの使用期間終了。 ・End end end と書かれた作品を見た。 ・隣の人のTシャツにfinがプリントされている。 … は……?終わった、、、 私の中で何かが終わりを告げている。 それは終わりの通知というにはあまりに些細であり、実感として大きく感じでいるという訳では決して無い。 けれども終わるならば潔

          左様なら、切望、初めまして

          振り返りをするよ、インディペンデント

          先日Independent Tokyo2021に参加した。イベント自体はかなり久しぶりで、アートイベントは初めてだった。 人の流れがあるところでそこにいると、見向きもせず流れていく人と足を止めて見てくれる人が本当に顕著に表れる。 その中で得られるものの大きさは分かっているので、私のような立場の描き手は経験すべきと理解しつつ内心は超絶怖かった。 機会やタイミング、見てくれた方や、見守ってくれている方などに心から感謝している。 作品を見てくださった方々から言われた印象的だった

          振り返りをするよ、インディペンデント

          流れ星だったことにする

          流れ星を見た気がする。 帰り道、今日はしんどい日だった、しんどい、 放心状態で歩く。 ぼんやり空を見上げていると、キラッと何か流れた。 流れ星、、まさか、こんな周りの明るいところで見えるものなのか。 しんどい理由は色々のチリツモだろう。 焦燥感や誤解から来る苛立ちをあからさまに人に表してしまった。また別のところでは反対に苛立ちを表された。 物事の好転の兆しのちらつき感じる中で些細なことがとても響いてくる。心臓が痛い。 他人に自分の感情をいちいち振り回されるな。 しかし他

          流れ星だったことにする

          わたしの描く理由2

          可能性を与えること。 私が絵を描くことを中心にした生活を送るとは元々考えていなかった。 ある程度の年齢から、絵に携る仕事をしたいとぼんやりした輪郭で考えてはいたが、絵を生業にするなんて一握りの限られた人間だけだという大人たちによる洗脳が強かった。 それを真に受けた私が考えられる現実的で具体的な職種は美術教諭くらいだった。アーティストなんてまるで現実味のない雲を掴むような職種だ。 それに私は特に突出したところもなく、家庭にも恵まれた、ごく平均的平凡な人間だ。 だから私は皆がそう

          わたしの描く理由2

          わたしの描く理由1

          noteを始めようと思いアカウントを作ったのは結構前なのだが、なかなか書く気になれず1年も経ってしまった。 今回も突発的なので続くか分からないけれど、ひとつのタイミングと思い書いておく。 ぼけーと流れるように生きてきた私が絵を描いて生きていく理由について。 物心ついたころから紙に鉛筆やペンでドローイングしていた。 描いても描いても飽き足らず、落書き程度のものを呼吸するように当たり前のように描いていたので、大人になってから、「ずっと描いていたよね」と言われるまで自分がそんな

          わたしの描く理由1