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立野正裕 紀行 辺境の旅人

立野先生の著書再読シリーズ第8弾です。

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本書のタイトルは「辺境の旅人」である。ここに収められた紀行の舞台は、スコットランド(ハイランド)、クリミア半島(ウクライナ)、ロフォーテン諸島(ノルウェー)、リスボン(ポルトガル)、ファールン(スウェーデン)、グラナダ(スペイン)、ギリシア、ラヴェッロ(イタリア)、フランス巡礼路、ロンドン〜ネミ湖(イタリア)となっている。
これらはいわゆる「辺境」なのかどうか。このほとんどの場所を訪れたことがない私にはわからないけれども、おそらく一般的な旅行者が旅先にえらぶような場所ともいえないのだろうと思う。

「辺境」の意味が明かされるのは本書あとがきである。

夢の深みに分け入ろうとする者は到達し得ぬ何かを求める旅人であり、かれは最後まで到達し得ぬ何処かを目ざして旅している。わたしの言う辺境とはその夢の深みのことである。

著者の紀行本のスタイルとして最終章に比較的ボリュームのある作品が配置されることがあるが、本書では「ネミ湖への道」がそれにあたる。
ネミ湖はイタリアのローマの南東25kmに位置し、「ディアーナの鏡」と呼ばれる。フレイザーの『金枝篇』にゆかりのある湖だ。話はロンドンの地下鉄から始まる。著者はテイト・ギャラリーに隣接するクロア・ギャラリーでターナーのコレクションを鑑賞するために地下鉄(チューブ)に乗った。そこである発作に見舞われるのだが、そこから第一次大戦の塹壕戦がもたらした神経症、シェル・ショックや、戦火を逃れるためにロンドン市民が地下に身を潜めたことなどに連想を及ぼしながら、著者少年時のトラウマ体験などを語る。そして最後に行き着いたのがフレイザーの『金枝篇』であり、ターナーの『金枝』であった。

このほかの紀行も、どれも大変興味深く、一つひとつおもしろいところを語っていけばキリがないくらいだ。
イタリアのラヴェッロに導いた著者の友人と、そこで出会ったイギリス紳士との交流。ロルカのドゥエンデと共鳴する遠野物語の悲劇性。著者が繰り返し訪れている、映画「日曜日には鼠を殺せ」の舞台であるピレネーへの旅。
なかでも第4章、第5章に並べられたリスボン紀行と日本帰国後にインターネット上で交わされた実際のやり取りは刺激的なのでぜひ読んでみてもらいたい。2018年にお亡くなりになったスペイン思想の研究者、佐々木孝さんのブログ「モノディアロゴス」上での出来事である。

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