誰も新人に期待なんてしてないからさ
「久々に死にたい。全然仕事覚えられないできないことばっかりもうメンタル持たない」
4月からIT関係の仕事をしている友人からの突然の連絡だった。
鬱病で1年休職し、リワーク(職業訓練施設)に通った後4月から今の仕事をしている彼女だから、ちょうど仕事を始めて1ヶ月というのは辛い時期なのだろう。
「同期が歳下で物覚えも要領も良い上に勉強好きな子で自己肯定感下がる。今までの仕事って同期いたことないから、人と比較されるってこんなんなんだ。って」
とりあえず飲みに行こうと、新宿の思い出横丁でホルモン焼きを食べながら彼女はそう言った。
最初の10日で知識を詰め込まれて、あとはまあやりながら覚えていきましょ、という雰囲気の職場で、上司は良い人ばかりなのだけれど、とにかく自分のできなさが辛い。
同期の子は覚えが良いのに、方や自分は鬱病あがりの、明らかに前より短期記憶が死んでる頭で仕事しなくちゃいけなくて全然ついていけない。職場の人にあきれられてる気がする。
淡々と話す彼女は、2年前、新人看護師だった自分そのものだった。
総合病院の血液内科に同期と4人で入職して、物品の場所どころかナースステーションでどこに立てば良いのかすら分からず、先輩達の教えるスピードが速すぎて今の手技ちょっと見えませんでしたすみません…。な状態の毎日で。
自分が覚えられていないことを先に同期が覚えていたりすると、些細なことでもすぐに落ち込んだ。夜になるとわけもわからず涙が出てきた。
そんな中、私もやっぱり辞めたくなって、「看護師向いてない。無理。」と、天才研修医と言われている友人に愚痴ったら、
「最初からできるわけねえだろ使えなくて当たり前なんだよ自惚れんな俺だってできなかったよ。てか入って1ヶ月かそこらの新人になんて誰も期待してないし、同期との比較とかもっと先の話だし、最初からバリバリできる奴なんて逆に気持ち悪いから」
とマシンガン並みのスピードで罵倒されて、頬を引っ叩かれたような気分だった。天才でもそんな風に思うんだから、私が最初からできるわけないじゃないか。なんて開き直ってみた。
少しだけ仕事に行くのが楽になった。
翌月、激務の中でやっぱり自分が嫌になり、職場の先輩に泣きながら「無理です」と言ったら、「1回言われて覚えられる人なんていないよ。3回言われて覚えられたら良い方だってこっちは思ってるよ」と返された。
さらに翌月「同期の中で私だけできなくてしんどい」と係長さんに話したら「別にそんなこと誰も思ってないよ。木村さんって自分のできないところにはよく気が付くけどできることには本当に気付かないよね」と言われた。
要するに、私は自分の中にできない私を作り出して、勝手に責めていただけだった。
自分への期待ばかり高くして、振り返りという名のひとり反省会をずるずると続けることで意味もなく消耗して病んでいた私は、逆にいえば世間知らずで奢った人間だった。
「自分だけできなくて辛い」今の新人さん達は、実際自分に期待しているのは自分だけなのに、過剰に周りに期待されていると思い込んで苦しんでいるのだろう。私の先輩は「マジでできないやつはできないことにすら気付かない」と言っていたし。
色々あってその病院は2年で辞めてしまったけれど、「期待されていないこと」を自覚するのは、このクソみたいな現代社会を生き抜く上で悪いことではないな、と今でも思う。
仕事をするのが辛い新社会人さん達は、とにかくゴールデンウィークが終わっても「出社」だけすれば良いのではないのだろうか。もし上の人達が新人に期待していることがあるとすれば、それは仕事ができることではなく定時に出社してくることだと思う。