宗教なき時代の宗教としての世界征服【書評】 #13歳からの世界征服
刺激的な本が登場した。イスラム法学者として名高い中田考先生が「少年少女の悩み相談を受ける」という一見荒唐無稽な本は「なぜ人を殺してはいけないのですか?」というよくある青少年の問いに、「人は人を殺してもいい」と答えるところから始まる。その心は?
いかにも炎上しそうな始まり方だが、毛沢東やスターリンが権力者として何百万の人を虐殺した歴史を引用し、中東の専門家として、いま現在も世界中でたくさんの人が殺され、誰もその責任を取っていない現実を指摘しながら、「動物は基本的には同種を殺さないが、大量破壊兵器や化学兵器などでそういった本能の歯止めが効かなくなる」と説く。
いじめられているという悩みに対しては、「学校の教師は権限がないので相談しても無駄」「権力のある交番の前で泣き叫べ」と、元も子もないが、しかし「政治」の実態をついた回答をしてみせる。
夢や目標がないという悩みに対しては、「世界征服をしろ」と説く。漫画・キングダムの主人公がそんなくだらないことで悩まないのは、中華統一という大きな野望に邁進しているからだ、と。
過去にイスラム国との関係で書類送検までされた中田先生が世界征服というと、冗談に聞こえないが、その冗談に聞こえなさが読者の中二病(なにせこの本は「13歳」からの世界征服なのだ!)を刺激する。
筆者は顕正会をはじめさまざまな宗教の信者と交流をしてきたが、宗教の信者はみなつまらないことで悩まない。大きな目標のために自分のすべきことをわきまえているからだ。一方で、顕正会のようなカルトは、世間に大きな害悪をもたらしていく。
本書はいわば、「宗教的な救済を、宗教に入信せず得ることができる本」だといえる。
中田先生は、世界征服のためにはまず勉強をせねばならない、世界を知らなければ征服はできないとし、語学の学習をすすめる。世界征服をするためには、多くの知識をたくわえ、なにより健康な肉体を維持しなければならない・・・そういった「穏当なところ」に落ち着いているのが、本書の特徴だ。
筆者も小学生のとき、いじめられていると、それ自体が恥ずかしくて周囲にいえないという経験をしたことがある。しかし、「いじめっこ」は「世界征服のための障害なのだ」とすれば、「いじめっことの闘い」は「聖戦」に変わり、「交番の前で泣き叫ぶこと」は「国際政治」に変わる。大いなる野望は、無意味な、あるいはマイナスな意味をもったつらい日常を、鮮やかに色づけてくれる。
ひとは物語がなくては生きられない。しかし、大きな物語は終わり、そして勃興しようとする新たなる大きな物語は、社会に大きな害悪を齎していく。
本書は、そういった閉塞的な時代に勃興する、新たな「小さくて大きな物語」を描いた名著である。