
巡るサポート
前回投稿で、お引越しを手伝ったお話を書きましたが、今回もそれに関連した内容です。
お引越しを手伝った方は、人格者であり、常に努力をされていましたが、非常に立派な肩書を鼻にかけることもなく、当然周囲からは慕われていました。
そのため、一人で何でもこなしていると思い込んでいましたが、物が多い部屋を見て、その方も神様ではなく人間だったのだと、ある意味でとても安心しました。
何でも自分の力でとか、自己責任とかという風潮があれば、人に頼りにくいし、サポートをして欲しいと思っても声を上げにくいことがあると思うのです。
また、人によっては頼ることや甘えることがなかなかできず、それを自分にゆるさないという人もおられるでしょう。
昨今は様々な手続きなども複雑になっていて、理解できないことも多くあります。
ですから、普段の生活の中で、当たり前だと思えることも、誰もがサポートが必要なことは大いにあり得ると思います。
例えば私は運動指導の仕事をしていますから、ダイエットをしたいとか、運動するためにはどうしたらいいのか、という方にサービスを提供しています。
最近はセルフで行わなければならなかったり、中には自分でできるから、むしろサポートがいらないという人もいるかもしれませんが、実際にはそのような方より、サポートが必要な人が圧倒的に多いと思います。
サービスとして提供している側からしたら、知識を持っているのは当たり前ですから、そのためにサポートをする手をいつも持っておくというのは常識だと思います。
ただ、運動の場を一歩離れたら、出来ないこともわからないことの方が多く、日常の中で、知識と言うのは、それぞれが得意なことや出来ることを生かして、サポートし合う関係性の場なのだと感じました。
実際に、その方からは私が知らない多くの事を学ばせてもらい、互いに得意分野でサポートし合っていたと思います。
ですから、自分にできることだけをおごり高ぶるのではなく、その分野においては知識があるけれど、別の分野においては自分もサポートが必要な人間なのだ、と謙虚に考えて、互いに支え合うことが大切なのだと感じました。
また、もしも一方的に支えていたとしても、その方以外の方から私も一方的に支えてもらっていることもあると思うのです。
関係性を考えた時にwin-winの関係がいいに決まっています。
しかし、Aさんに一方的に与えていると思っているけれど、私はBさんから与えられているという風に、関係性は二者間ではなく、蜘蛛の巣のように張り巡らされたもので構築されていると考えるといいのかもしれません。
これは、困っている人が目の前にいて、その人からお返しをもらおうとしなくても、助けた人がまた別の人を同じように助けることで、結局は巡り巡って行いが返ってくることになる、と言えるのではないでしょうか。
何かをしてくれるから、代わりに私も助けるとか、何かを返してくれないとサポートできない、という風に考えれば、それはいつも見返りありきの行動にしかならず、良い気持ちから始めたこともそれ以上は、広がってはいかないのかもしれません。
一方的に与える側になることを搾取されるとか、自己犠牲をしているという言い方をすると思います。
もちろん、相手から何も望まれていないのに自ら与え、自分が次第に困窮していけばそれは自己犠牲でしょうし、持っている様々なサービスの提供に対して、与えるつもりがないのに奪われているだけでは搾取になると思います。
ですから、そうなっていることを見なおしたり、なぜそのような状況になっているのかを考えてみるのは大切です。
しかし、それを自分も全くしていないのか、と考えればそうではありません。
例えば、生きていくために、他の命を犠牲にしていますが、自ら命を喜んで捧げてくれている生き物ばかりではないかもしれません。
自然を壊すのも、自己犠牲を強いてでも与えてくれようとしているのではなく、ほとんどが無理矢理そうさせていることだと思います。
自然のものが、大きな声を上げないから、何も奪っていないし、犠牲を強いていないわけではないと思うのです。
結局、そこに目を向けていないだけで、自分も奪うことをしていると思うのです。
ですから、私も同じなのだといつも忘れないことや、支えられている感謝の気持ちを持ち続けることは大切でしょう。
今は、サポートしてほしいとか、助けて欲しいという声を上げにくい時代だなと思います。
もちろん、何の関係性もないところからいきなりそれを言われて、またとても自分に助けられるものではないような大きなことであれば、助けてあげたくても難しいこともあるでしょう。
関係性が希薄になればなるほど、声を出せないという事もあると思うのです。
ですから、普段から小さいことでも互いに支え合うことをを意識し、一人では決して生きてはいけないのだ、という事を忘れないようにする。
そして、甘えられない人は、出来ないことで小さなことから頼ってみたり、お願いするとか、相談するという事をしていくといいかもしれません。
いかがでしょうか。
今日もお読みいただきありがとうございます!