【映画】シェイプ・オブ・ウォーター
14日、立川シネマシティの極上音響上映で、ギレルモ・デル・トロ監督の新作『シェイプ・オブ・ウォーター』("The Shape of Water")を観てきました。しみじみと良い映画でした。
王道のシチュエーションで、プロットとしても大きなひねりのないストレートな作品ながら、美術・演出・映像のすべてにおいて個性が遺憾なく発揮されており、圧倒的でした。デル・トロさんの芸術家としてのマスターピースになりましたね。奇をてらわずに古典的なおとぎ話のフォーマットに当てはめたことで、かえって個性が際立ち、同時に普遍性を得たとも言えます。
印象に残る画面はやはり夜と雨。ギラギラした彩度の高い色と、複雑に反射する光。肉体のグロテスクなまでの生々しさと無骨な機械群の美しさの対比。とにかく"全部入り"なのでした。
寓話こそリアルであれ
それにしてもなんというか…リアルだった。少なくともリアルに感じた。主人公イライザは間違いなく美しくはあるのだけど、どこかくたびれた中年女性で、繰り返される単調な生活ぶりも生々しい。
周りの人物も誰一人うまくいっておらず、それぞれにパートナーとのコミュニケーションの断絶を抱えています。旦那とすれ違うゼルダ、パイ屋の店員とすれ違うジャイルズ、妻とすれ違うストリックランド。そんななかで、互いに言葉を交わすことすらできないイライザと"彼"だけが、唯一心を通わせることができる。ディスコミュニケーションに満ちた世界のなかで、その可能性を示した。
無論、イライザの思いも、もしかしたら一方的で独りよがりなのかもしれない。それを思わせたのはミュージカルのシーンです。あそこで、カメラが寄っていくとイライザの心象風景としてのダンスになって、それが終わって再びカメラが引いていくと、彼女に興味を示すでもないテーブルの向こうの"彼"が映り込む。まさしく"You'll never know.."の切なさが募るシーン。
けれど、本作はそういった断絶を絶望として描いていない。ここではもちろん伏せますが、結末がそれを物語っています。現実=リアルは非情で、彼我の思いのすれ違いやそれが生む結果は絶望でしかないのだけれども、空想=イマジネーションというレイヤーを介することで、絶望と希望は両立し得るというマジックを見せてくれる。これは『パンズ・ラビリンス』とも重なるテーマだし、デル・トロさんが依って立つ価値観のなかでも最も美しく力強いものだと思います。すごく共感できる。
そして、そういった主題を邪魔しないように組まれた、緻密な設定と伏線。ジャイルズがゲイなのも、確かにマイノリティへの視点もあるのかもしれないけれども、それ以上に、彼はイライザと愛人関係にあってはならないというプロット上の穴を塞ぐ効果があったように思います。全体を振り返ってみると、そういうケアが細かいというか、これ以上削るべき無駄な要素がない。
ジャイルズおじいちゃん、いいキャラですよね。物語的にはすごく死にそうなポジションだったので、途中からずっと死なないように応援していました。ハゲの小ネタは笑っちゃったし、それが偽造IDの年齢隠しであったり、"彼"の能力であったりということの伏線とリンクしているのに感心しました。別れ際にもう一回頭を触らせるあたりとかも大好きです。
肉体的コミュニケーションとして、性的な表現も必要。また、例の猫のシーンでさえ欠かせない要素だったと思います。本質的に"彼"は人間でないのだし、当然そういうことも起こりうるよなあ…というリアリティの組み立てに一役買っていました。ああいうシーンを、過剰に露悪的でなくさらっと入れられるのがデル・トロさんのすごいところだ。
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すべてが終わって、エンドロールで音楽に浸りながら、ああ、良い映画を観たなあという実感がじわりと込み上げてくる作品です。いい時間をありがとう!