トン・コープマン パイプオルガン・リサイタル
7月13日、ミューザ川崎シンフォニーホールで開かれた「トン・コープマン パイプオルガン・リサイタル」へ行ってきた。5,000本の金属パイプが震わす空気の振動が天上から降り注ぎ、脳を完全にシェイクされ、酔った。まだびりびりと痺れている感覚が残っている。オルガンすごいよ、あまりにも。
2年ぶりの巨匠
実はちょうど2年前、2016年の6月末にも同じ場所で同じオルガンのコンサートがあり、その時のこともブログに書いた。なので、3月に今回の再来日公演のことを知ったときは、えーっまた来てくれるの!と驚き、速攻でチケットを取った。
わたしはトン・コープマンさんの大ファンであり、そもそもJ.S.バッハにこんなにもハマったのは氏の録音によるところが大きい。管弦楽組曲、チェンバロ協奏曲、平均律、そしてカンタータにオルガン全集…。バッハ作品をカタログ的にくまなく網羅し、安価でクオリティの高い音源を提供してくれたコープマン氏(とアムステルダム・バロック管弦楽団)は、常に古楽ファンに愛される巨匠。
そのすごさをよく知らない人にアバウトに説明すると、いま地球上でJ.S.バッハに詳しい人ベスト5には入る人です。演奏家であり研究者。1944年10月生まれというから御年73歳ですね。
おじいちゃんが巨大メカを手足のように操る
ミューザ川崎のパイプオルガン、縦横ゆうに10メートル四方はあり、このオルガンを演奏するというのは、言ってしまえば4階立てビルのエントランスに人間がちょこんと座り、ビル全体が楽器として"鳴る"ということ。巨大メカなんですよこれ。ものすっごい音が出る。
で、そのコックピットには4段の鍵盤とペダル(足鍵盤)があって、73歳がこれを文字通り手足を使って、信じられない速度で弾く!
例えばこの小フーガも今回演奏したうちのひとつなんだけど、これより1.3倍くらい速い。足とかずーっとダバダバ動かしたまま上半身を捻って遠くの鍵盤まで手を持って行っているし、なんかもう全然年齢を感じさせない。
コープマンさんの演奏はちょっと独特で、いわゆるカチッとした機械的な正確無比な演奏じゃない。バッハの音楽は構造的に美しいので、各声部を際立たせようとするとどうしても固い演奏になるところを、踊るようにして波をつけて演奏する。コンサートでは特にそうで、多少ミスっても肉体から湧き上がるグルーヴみたいなものを塊にして叩きつけてくる感じ。
今回のプログラムは、前半はブクステフーデやクープラン、C.P.E.バッハなどの作品を、休憩を挟んだ後半はJ.S.バッハのみでクラヴィーア練習曲集第3部からの抜粋という構成。重厚で複雑な曲ばかりかというとそうでもなく、かわいらしいピョコピョコした音色の小曲や、静かに祈るようなコラールもあって、オルガンの持つ魅力の多彩さが感じられた。
J.C.ケルル:バッターリア
J.カバニリェス:イタリア風コレンテ
D.ブクステフーデ:プレリューディウム 二長調 BuxWV 139
わが愛する神に BuxWV 179
フーガ ハ長調 BuxWV 174
F.クープラン:「修道院のためのミサ曲」より 奉納唱、聖体奉挙
C.Ph.E.バッハ:ソナタ 二長調Wq 70-5
J.S.バッハ:フーガ ト短調 BWV 578(小フーガ)
-休憩-
J.S.バッハ:前奏曲 変ホ長調 BWV 552
おお人よ、汝の罪の大いなるを嘆け BWV 622
永遠の父なる神よ(キリエ) BWV 669
世の人すべての慰めなるキリスト BWV 670
聖霊なる神よ(キリエ) BWV 671
フーガ 変ホ長調 BWV552
-アンコール-
J.S.バッハ:われ汝に呼ばれる、主イエス・キリストよ BWV639
D.スカルラッティ:ソナタ ト長調
J.スタンリー:ヴォランタリー より
オルガン、聴くのが簡単か難しいかというと確かに難しい。大抵の場合、口ずさめるメロディーがあるわけじゃなく、むしろ全てのパートが独立した旋律なので異様に脳の処理能力を必要とする。眠くなるどころかめちゃくちゃ興奮してしまう。
わたしもバッハが好きになったころ、楽器ごとにあれこれ聴いていく中で(バッハはあらゆる楽器のために曲を書いているのだ)、オルガン曲に取り組むにあたっては、そろそろかなあ…みたいに思い切りが必要だったのを覚えている。でもハマってしまえばほかの楽器と同じでしたね。
川崎でクラシックを聴く
ミューザ川崎シンフォニーホールは、うちの近くでは特にお気に入りのホールで、わりと何度もコンサートに行っている。古楽も積極的に取り入れてくれるし、オルガンを生かしたミニコンサートやレクチャーみたいな企画もやっていて初心者には入っていきやすい。
チケットの価格も比較的手ごろで、例えば今回のコンサートですらも3,500円とか。このホール、ステージをぐるっと観客席が囲うような構造になっており、わりとどの席でも聴こえかたが良くて、必ずしもランクの低い席が良くないとは限らないのですね。
ホール入った2Fロビーには、ここだけで鑑賞できる川崎市ゆかりの岡本太郎のモザイク画があったりとか、あと開場を知らせる手回しオルガンがかわいいとか、なんかちょっと応援したくなるホールです。
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