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研究の最終目的は大学も企業も同じ

大学で研究する面白さに目覚めた人なら、大学での研究の道に進むか、企業に就職するかを迷うことがあるだろう。これは珍しいことではない。私はこういう人の相談に乗ることが結構あるからだ。「企業での研究は、大学での研究とどう違うのか」が真っ先に受ける質問だ。確かにこれら二つは大きく異なる。しかし大事な共通点もあることをしっかりと認識しておいてほしい。どちらの研究も、その究極の目的は「他人のために役に立つ」という意味で全く同じだということだ。

共通点を紐解くまえに、まずは両者の違いをおさらいしておこう。

大学での研究は真理の探究

大学や大学院、またはそれらの附属研究機関、理化学研究所などの国公立の機関などは、アカデミアと呼ばれる。大学に限らずこれらアカデミアの活動目的は真理を探究すること。人類が知らないことを解き明かすことである。無知を人類の知に変えることだ。新たな知が社会のためにどういう意味があるのかとか、どう活用できるのかは直接の目的ではない。新しい知見によって何か社会や人のために役立つものに繋がれば万々歳くらいに考えて良いのである。(大学はこの目的に加え、教育も目的である。)

アカデミアにおいては、論文の引用数やレピュテーションの高い学術雑誌に論文が掲載されることこそが研究者の評価、つまり知の価値を測定する手段であると考えられている。これは間違いではないが、本来の知の価値のほんの一面を表しているにすぎない。引用のほとんどは、同じ分野で競い合っている、あるいは協力し合っている他の研究者からである。大切なことは、難しい専門知識を専門外の人に理解してもらい、そこに価値を見出してもらうことである。「人類の知」を生み出すという観点からは、論文の引用数だけが重要なのではないことは理解しておくべきであろう。

企業での「研究」の大部分は「開発」

大学生が言うところの「企業での研究」は、実はほとんどが「研究」ではなく「開発」である。日本語では研究開発部と言われるが、英語ではresearch & development、つまり研究と開発という、二つの別々のことを一つの部署にしたものだ。

この違いの意味を詳しく説明する前に、企業の存在目的をよく考えてみよう。それは利益を出すことである。では毎年同じ額の利益を出していればいいのかというと、それはあり得ない。個人商店ならそれでも構わないが、社内に研究組織を抱えている企業がそれで満足するはずはない。毎年利益を伸ばしていくのが存在目的のはずだ。なぜならそれによって上場している株価が上がり続けるからだ。(企業が存続できるのは、株主が株を持っていてくれること、つまり資本金としてお金を出してくれているからだ。)

利益を継続して伸ばしていくために必要なのが開発である。新しい商品やサービスを創り出すことだ。それは顧客や消費者の目線で、以前より価値のあるものでなければならない。価値とは、性能の改良やデザインの革新だけではない。価格を下げることも価値だし、壊れにくい商品にすることも価値だ。商品の使い方をわかりやすくすることも価値だ。もっと極端なケースを言えば、商品の色を変えて、商品棚で目立つようにすることも、それが売り上げ増につながれば、価値を創出したことになる。

これらの価値を創出するのに、研究は不要であることが多い。当たり前にわかっている問題を解決することがメインの仕事になる。今までのノウハウや、蓄積されてきた技術で解決できるかもしれない。しかし簡単に答えが見つからない場合もある。その場合だけ、「研究」つまり「真理の探求」という姿勢が求められるのだ。

企業が「研究」そのものを目的とすることは、まずあり得ない。企業が研究に予算を割くケースは例えば、ある現象の仕組みを解明できれば、将来の革新的な商品につながるということが、かなりの確度でわかっている場合に限る。だから企業の研究開発のなかで「研究」をしているひとはほんの一握りの人たちに過ぎない。しかもこのような研究は、企業が自前でやるのではなく、アカデミアに研究費を支払い、アカデミアがパートナーとして研究することが一般的になってきている。

企業の研究開発者としてもっと大切な姿勢は、世界中で発信されている多くの人の研究成果から学び、使えるものを応用し、ユーザーに喜んでもらえる商品を開発することである。

これに惑わされてはいけない

大学か企業かで迷う理由の一つに、労働時間の違いが大きいとの情報が氾濫していることもあるようだ。アカデミアでは研究室に長時間こもって実験に明け暮れ、土日もないけれど、企業では9時から5時の定時が可能、などという論調だ。私からすると、これは周りに流されている人の意見でしかない。つまり研究室のトップや企業での上司に自分の時間をコントロールされてしまっている人の言いわけだ。自分で自分を管理できるパーソナルリーダーシップをもっていれば、そのような比較は意味がなくなる。企業の中にも土日も顧みず仕事に没頭する人は国を問わずにどこにでもいる。アカデミアでも、妊娠出産に伴い、時短で研究しても世界に名を轟かせる成果を出している女性研究者は大勢いる。こういう論調に惑わされて進路選択を誤らないでほしい。(パーソナルリーダーシップについては、以前に書いたこちらの記事を参照。)

共通点は「人のための価値の創出」

アカデミアと企業とでは、研究に求められるアウトプットの形は全く異なる。前者は「知」であり、後者は「商品」である。アカデミックとして出す論文には、自分が生み出した知見を他人に役立ててもらうという謙虚な姿勢が大切だ。その積み重ねが、いずれ人類の知として何らかの形となって役に立つのだ。一方、企業の研究開発者は、ユーザーにとって価値のある商品を提供し、最終的には利益を株主に還元することが使命である。

しかし見方を変えれば根本では共通する。アカデミアも企業も、最終的には他人のため、人類のための価値を創出することだ。このように大きな視野で考えれば、アカデミアの研究も企業での研究(開発)も同じに見えてくるのではなかろうか。商品を通して人の役に立ちたいのか、知識を提供することで人の役にたちたいのか、好みで選べば良いのだ。こう考えればモチベーションにもなるし、キャリアプランも考えやすいはずだ。

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