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大淫婦の正体
はじめに
この記事は、教会についての三つのキーワード、燭台、神の宮、奥義について理解したなら、次に何がわかるかを確認する記事です。
前回の記事をまだ見ていない方は、先にそちらをご覧になることをお勧めします。
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さて、燭台、神の宮、奥義、これらが教会を指すことがわかったなら、次に何がわかるのでしょうか。
ご一緒に聖書から確認していきましょう。
再臨の前に起こること
再臨の前に起こることについて、聖書はどう教えているでしょうか。
テサロニケ人への手紙 第二
2:3 だれがどんな事をしても、それにだまされてはならない。まず背教のことが起り、不法の者、すなわち、滅びの子が現れるにちがいない。
2:4 彼は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する。
まず背教が起こり、不法の者が現れて、神の宮に座す。
この神の宮とは、教会であることを悟ってください。
続きを見てみましょう。
テサロニケ人への手紙 第二
2:7 不法の秘密(不法の奥義)の力が、すでに働いているのである。ただそれは、いま阻止している者が取り除かれる時までのことである。
2:8 その時になると、不法の者が現れる。この者を、主イエスは口の息をもって殺し、来臨の輝きによって滅ぼすであろう。
2:9 不法の者が来るのは、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力と、しるしと、不思議と、
2:10 また、あらゆる不義の惑わしとを、滅ぶべき者どもに対して行うためである。彼らが滅びるのは、自分らの救となるべき真理に対する愛を受けいれなかった報いである。
「不法の秘密」とありますが、原文では「不法の奥義」です。
奥義とは、教会を指す言葉であることを思い出してください。
ずばり「不法の奥義」とは、「律法に背く教会」のことです。
彼らは滅びるとあります。
その理由は、聖書の教える愛を受け入れなかったからです。
聖書の教える愛とは何でしょう。
ヨハネの手紙 第一
5:3 神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。
これは初めから教えられていたことでした。
出エジプト記
20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。
だからこそ、次のように書かれているのです。
ヨハネの黙示録
2:4 しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
2:5 そこで、あなたはどこから落ちたかを思い起し、悔い改めて初めのわざを行いなさい。もし、そうしないで悔い改めなければ、わたしはあなたのところにきて、あなたの燭台をその場所から取りのけよう。
燭台もまた、教会を指す言葉です。それが取り除けられるのです。
不法というものが、一体どんな結果をもたらすのか、私たちはしっかりと理解する必要があります。
現代の教会はこれを教えず、「不法の奥義」の虜になっています。
預言のとおり、不法の者が現れ、教会を変えてしまったからです。
不法の者
不法の者とは、ダニエル書の七章で明かされているとおり、分裂したローマ帝国から出現する小さい角、ローマ教皇(バチカン)です。
彼は預言のとおり、神の宮(すなわち教会)に座し、時と律法を変えてしまいました。
ダニエル書
7:25 彼は、いと高き者に敵して言葉を出し、かつ、いと高き者の聖徒を悩ます。彼はまた時と律法とを変えようと望む。聖徒はひと時と、ふた時と、半時の間、彼の手にわたされる。
この預言のとおり、安息日と十戒は変えられ、聖徒は今もこの教えに渡されています。
こうして大勢の人が、ローマ教皇の権威に従っているのです。
この期間こそ、1260日で表現される、大患難の期間だと考えられます。
キリストが十字架で断たれて以降、この期間は延長され、今も荒廃が続いているのです。
大患難
マタイの福音書
24:15 預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、
(途中省略)
24:21 その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。
まず、聖なる場所、それが教会であることを悟ってください。聖なる都、エルサレムと呼ばれる場合も同様です。
荒らす憎むべきものとは、ローマ教皇によって立てられる偽りの教えであって、それはもう教会に立っていると考えられます。
幼子のように聖書を読む人であれば、十戒の聖日は、復活の日ではなく、その前日であることがわかるはずです。
ルカの福音書
23:55 イエスと一緒にガリラヤからきた女たちは、あとについてきて、その墓を見、またイエスのからだが納められる様子を見とどけた。
23:56 そして帰って、香料と香油とを用意した。それからおきてに従って安息日を休んだ。
24:1 週の初めの日、夜明け前に、女たちは用意しておいた香料を携えて、墓に行った。
弟子たちが掟に従って休んだのは、土曜日です。
現代の教会が日曜日を聖日として選ぶのは、聖書に従っているからではなく、教皇の権威に従っているからです。
こうして神の律法である十戒に背き、「不法の奥義」に捕囚されているのです。
この期間は、「三年半」「一時と二時と半時」「四十二か月」「千二百六十日」また「異邦人の時」などのキーワードによって、聖書のいたるところで教えられています。
ルカの福音書
21:24 彼らはつるぎの刃に倒れ、また捕えられて諸国へ引きゆかれるであろう。そしてエルサレムは、異邦人の時期が満ちるまで、彼らに踏みにじられているであろう。
ヨハネの黙示録
11:2 聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。
この期間は、主が多くの人と契約を結ぶために、今も延長されています。
主の来臨のときまで、それは続くのです。
大淫婦バビロン
ヨハネの黙示録
17:5 その額には、一つの名がしるされていた。それは奥義であって、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」というのであった。
皆さんならもう、わかると思います。
「それは奥義であって」とあります。
大淫婦バビロンとは、背教した教会のことなのです。
カトリックはダメで、プロテスタントは大丈夫、というのではありません。
十戒が正しく守られていないことが問題なのです。
これはけっして、些細なことではありません。
誰の支配を受け、誰の権威に従うのかという、これは戦いなのです。
エペソ人への手紙
6:12 わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。
この戦いは終わりまで続き、エルサレムは荒廃を続けます。
町と聖所(すなわち教会)は、滅びに向かうと預言されているのです。
ダニエル書
9:26 ──またきたるべき君の民は、町と聖所とを滅ぼすでしょう。その終りは洪水のように臨むでしょう。そしてその終りまで戦争が続き、荒廃は定められています。
聖都エルサレムと、大いなる都バビロン
純潔の花嫁エルサレムと呼ばれるべき教会が、
大淫婦バビロンと呼ばれるようになることを、
聖書はずっと昔から暗示していました。
ヨハネの黙示録
18:21 すると、ひとりの力強い御使が、大きなひきうすのような石を持ちあげ、それを海に投げ込んで言った、「大いなる都バビロンは、このように激しく打ち倒され、そして、全く姿を消してしまう。
18:22 また、おまえの中では、立琴をひく者、歌を歌う者、笛を吹く者、ラッパを吹き鳴らす者の楽の音は全く聞かれず、あらゆる仕事の職人たちも全く姿を消し、また、ひきうすの音も、全く聞かれない。
18:23 また、おまえの中では、あかりもともされず、花婿、花嫁の声も聞かれない──
挽き臼の音、灯火、花婿の声、花嫁の声──
これらは無意味に書かれているのではありません。
預言者エレミヤによって書かれた、エルサレムの裁きを思い出させるためです。
エレミヤ書
25:2 預言者エレミヤはこの言葉をユダのすべての民とエルサレムに住むすべての人に告げて言った、
(途中省略)
25:10 またわたしは喜びの声、楽しみの声、花婿の声、花嫁の声、ひきうすの音、ともしびの光を彼らの中に絶えさせる。
またこうもあります。
ヨハネの黙示録
18:24 また、預言者や聖徒の血、さらに、地上で殺されたすべての者の血が、この都で流されたからである」。
どこかで聞いたことがないでしょうか。
マタイの福音書
23:37 ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。
23:38 見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。
すべてはつながっています。
これらはすべて、教会への裁きを予表していたのです。
鳥どもの巣窟
イエス様は、教会がどのようになると預言されたでしょうか。
マタイの福音書
13:32 それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」。
これも無意味に言われたのではありません。
大淫婦バビロンの正体を悟らせるために言われたのです。
ヨハネの黙示録
18:2 彼は力強い声で叫んで言った、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。そして、それは悪魔の住む所、あらゆる汚れた霊の巣くつ、また、あらゆる汚れた憎むべき鳥の巣くつとなった。
このように、聖書のあらゆる箇所が、大淫婦バビロンの正体を、教会だと明かしているのです。
おわりに
大淫婦の正体。それは、背教した教会です。
将来、背教するのではありません。すでに背教しています。
その理由は、不法です。
神の律法である十戒が正しく守られていないことが問題なのです。
私たちはもう一度、畏れをもって聖書の言葉に耳を傾ける必要があります。
コヘレトの言葉(伝道者の書)
12:13 聞き取ったすべての言葉の結論。神を畏れ、その戒めを守れ。これこそ人間のすべてである。
今、聖書から真理を回復してください。
正しいのは、いつだって聖書だからです。
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