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ニューヨークという土地は縦長で、川に囲まれているのだが そのすぐ向こう岸は、ニュージャージー州と呼ばれるお隣の州がひろがっている。 マンハッタンが東京都内だとしたら、 さしずめ江戸川区民がそこまで出勤するような感じで 街中までアクセスが便利で人気がある地域に ホーボーケンという、一歩間違えば毛がはみ出しているような名前の地域があった。 まあ、わたしはボーボーなんちゃらの何を知っているわけでもなく 東京都民でもない上に、江戸川区という場所がどこにあるかすら よく知ら
1週間ぶりに風呂に入った。
わたしが ニューヨークなんて場違いな場所に住んでいる理由というのは 10個か500個くらいあるのだけども そのうちのひとつは やさいとくだものが、 日本よりもよっぽど安くてクリーンなものが たらふく食べられるというとこにある まあ世界のどこもかしこも オーガニック流行りにゃ変わりないのだろうけど 日本に帰ったときに 食べ物がとっても割高で にんじん一本100円した日にゃ 目玉が飛び出るほど驚いてしまったのをおもいだすわけです ◯ 季節ものの小さなつぶつぶ
背筋にぞくっと何かが通り、 その匂いの中に全部融けたら、 "ああ、生きてゆけるわ."と 思う。 たぶん、anise seedとcardamonのせいかもしれない。 死ぬまで生きればいいし、 使えるまで使えばいい。 lemonの匂いと 昨日のフィルターがかった夕陽に救われて 故郷に帰る。 何かを恋しがる、 mother to be. organic. June 28, 2009 Néné Table in NY ◯ June 07, 2017 追記
思い思いの水無月は こっちでもあっちでも着実に過ぎて行って 水のない月の間わたしは混乱したまま 気づいたら時間だけが過ぎていた そんな夜 久しぶりにもう一度 色々な事を素直に楽しいと感じられて もう一度シンプルに、いこうとやっと思えて 食べる事も料理をすることも 苦しくてしょうがなかった数日を抜けて カリフラワーを食べたときに、 なんと、カリフラワーの味がした。 そのとき本当にほっとして にんじんが、甘いと感じられる そんなあたりまえの感覚を失っていたわ
どこにでもある死ぬほどありきたりなハナシで申し訳ないんだけど ちっさい商店街の角っこにあるおかしやさんの そこでいつもお店に立ってる彼女が 気になって 最初にここに引っ越してきたときに 地元の店が立ち並ぶ並木路を探検してふらり入った角っこの店 薄っぺらいクッキーみたいのをあったかいうちにくるくる巻いてあるお菓子 お店の前で熱いなか次々に くるくる くるくる くるくる お菓子を巻いてくんだ ちょっと離れたところから くるくる くるくる くるくる 巻かれてくお菓子を
いつか、がいこくにすんでいたとき とても寂しくなると わたしはイケアに行った。 フランスで暮らした小さな古い、rue dupet のアパートには イケアのポエングが置いてあって わたしは窓際のその上に腰掛けて 毎日フランス語で「どうしたしまして」を 完璧なアッシュの音が発音できるまで 繰り返して喉を震わせた。 イケアは 世界のどこでもあった。 上海に引っ越して その街の激しい混沌としたエネルギーのなかで こころぼそくなったときに わたしを慰めるの
秋。 季節が入れ替わり、まずわたしが始めることは スープを作ることだ。 わたしにとってのご馳走は、シモフリとかフォアグラではなく 自分でこしらえた 一杯の野菜のスープ。 夏のご馳走だったら、果物だけで作ったスムージーだったり 庭でちぎってきたレタスとかトマトを常温でお皿に盛って レモンとオリーブオイルと塩をかけただけ とか 年中だったら オーブンから上がったばかりの スコーンであったり 上質な一杯の紅茶であったり そういうもの。 わたし