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夜明けの太陽と月
東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
万葉集
柿本人麻呂
東の方から夜明けの赤みがさしている。そして後ろを見るとに月が沈む様子が見えるっていう歌だ。今は身近には見れない壮大な風景だ。見てみたいなとしんとした気持ちになる。
この歌はながい七五調が続く長歌の後に続く。なんでも、故天武天皇の孫である文武天皇が祖母である持統天皇と狩りにいったときの始まりを寿ぐために歌われたらしい。
古事記や日本書紀が生まれた天皇制が確立されたころだ。 日の皇子といったように夜明に太陽を拝む古代信仰に若い天皇を重ねた歌なんである。
このころは信仰はだんだんと社を拝むかたちになっていた。それの原型のかたちに人麻呂は感動したのであろう。
古い信仰の原型は世界的に今もある。
この歌をくちずさむといつもイギリスのストンヘイジの巨石のユーチューブの夜明けの映像を思い出す。人の生活圏で残っている数少ない太陽信仰の痕跡だ。
トマス・ハーディの小説「テス」では主人公テスが恋人との最後のときをストンヘイジに横たわり夜明けとともにすごす。「テス」が書かれた19世紀ストンヘイジはキリスト教普及以前の人間の信仰の原点として、新しく意味を問い直された場所であると思う。
はじめに古代からの春の祭りに参加した二人がすれ違いながら、めぐりあえなかったことからこの小説は幕をあける。その後、気の毒なテスはそのころの電灯が灯る新しいとされる社会の不合理に振り回されるのである。のちに再会した男はエンジェルという天使の名前を持っている。信仰に懐疑的な牧師の息子である。だが、そこに染み付いた信仰をいいわけにテスの不幸を裁く。そして、人殺しに追いやってしまう。
物語は古代の太陽の儀式が行われた場所ストンヘイジで終わる。恋人はテスそっくりの彼女の妹と改めて結ばれる。太陽のように、彼女は死から生に、新しい人として再生された。
ハーディは骨の髄までキリスト教に染まりながら、ギリシャや地元の風俗に心惹かれた人らしい。その矛盾が小説に現れている。
その時代に解決されなかった社会、信仰の在り方をもっと人間味のあるかたちで解決してほしい。本当の新しい時代の人たちであってほしい。そういう祈りが感じられる。
失われた王とその子孫の若者、けがれた女の死とその血をやどした乙女。夜明けの太陽と月に人は死と再生を感じさせる。
人は夜の闇を恐れる。そして、朝の光でほっとする。寝ることは死につながり、朝はその死に近い形からの再生だ。
古代を想え、人間の原点を想え。そういった刻まれた記憶があるからこの歌は尊い。いつか見た風景なんだと思う。