第10話 曇る道の先1

久しぶりに見たリアナイト侯爵夫人は、以前よりも傲慢さが増していることに、見ただけでわかるほどだった。リアナイト侯爵夫人が身に纏う宝飾品は常にファウンティールの新作の宝飾品だったが、今は以前と全く変わらず、私と双子が初めて会った時の宝飾品だった。玄関で出迎えた人物の中に、"宝石侯爵"である叔父だけでなく、ファウンティール侯爵家の当主である父と、私が立っていることにリアナイト侯爵夫人は嫌気を隠さずに睨みつけていた。
「何故、シュベルト様がこちらに?」
「リアナイト侯爵夫人、お久しぶりでございます。ちょうど、打ち合わせがあったもので、こちらに居ただけですよ。」
父の言葉にリアナイト侯爵夫人はふん、と鼻を鳴らして扇子で口元を覆った。ちらりと私の方も見てきて、それも目障りだと言わんばかりに視線を叔父へ向けた。
「今日はマルフィス様に用件がありますの、席を外してくださる?」
リアナイト侯爵夫人はまるで叔父へ色仕掛けでもするかのように、目を細めて艶めかしく見ていた。それに気づいた父がやや面白がって叔父へ話しかける。
「それは珍しい。マルフィス、いつからリアナイト侯爵夫人と?」
「よせよ、兄貴。趣味でもねぇババアとの話す気すらねぇよ。」
「何ですって!??」
叔父は一切遠慮もせずにリアナイト侯爵夫人を貶したので、リアナイト侯爵夫人は扇子を握りしめて吠えた。その姿が醜悪に見えてしまった私は、不快感をぐっとこらえて平静に努めた。
「社交パーティーにも顔を出さないならず者の分際で、リアナイト侯爵家の当主の妻である私を愚弄するのですか!?」
「うるせぇよ、ババア。お前みたいなのがいるから出ねぇんだよ。お前の出自でもないのに、あたかも偉そうに名乗るな。」
叔父の遠慮のない罵倒を間近で聞いたのは初めてだったので、驚き半面少し格好よく見えてしまって、内心で感動してしまう私。それをよそにリアナイト侯爵夫人は怒りをあらわにして怒鳴り散らす。
「なんて品のない言葉!あなた、それでも"宝石侯爵"なのですか!?」
「おう、そうだぜ?嫌なら帰れよ、どちらにしろババアに作ってやるほど、暇じゃねぇんだぞ?」
取り付く島もない叔父の態度に、リアナイト侯爵夫人はますます怒りで顔を歪ませていく。この女があの双子の本当の母親でなくて良かった、と思う程の醜悪さに、私は顔に出そうになる不快感を抑え続ける。
すると、私の存在をようやく思い出したのように、リアナイト侯爵夫人は私に矛先を向けてきた。
「カメリア嬢、でしたわね?クリスとクレオに会えなくさせてしまって、ごめんなさいね?あの子達には良い教育を受けてもらう為に、個別に教師をつけて勉学に励んでもらっているから、今は屋敷にいないのよ。」
わざと自ら双子のことを持ち出して、私からなし崩し的に叔父に宝飾品を作らせようとしているようだ。その言葉の信用性は一切感じられないし、魂胆が読めているので私は毅然な態度で対応する。
「そうでしたか、お忙しいのですね。」
「そうなの、だから手紙も返せないみたいで。もし、良かったら会わせ――。」
「リアナイト侯爵夫人。」
叔父と同じように凄めるか不安だったが、思ったよりも低い声が出て、私だけでなくリアナイト侯爵夫人や父達も驚いた表情をしている。
「私に何を仰っても、お父様や叔父様が決めたことですから、何もお応えできません。あなたが、あのお二人をそうさせているように。」
「っ!い、いいのかしら?私がせっかく会わせて差し上げようとしていますのに。」
取り繕うようにリアナイト侯爵夫人が言葉を絞り出すのを、内心では会いに行きたい気持ちをぐっと抑えながら、私は毅然とした態度を続ける。
「私がお二人に会うのに許可が必要なのですか?」
「えっ、あ。そうではないわ、ただ今は――。」
「どちらにしろ、私に何を仰っても変わりありません。」
私に言っても無駄だと分からせるために、リアナイト侯爵夫人が話し出しても、ずっと拒否を続ける。すると、思い通りにならなかったリアナイト侯爵夫人は扇子を握りしめてきしむ音が聞こえた。
「ファウンティール侯爵家の人間は、揃いも揃って頭が固いわね!同じ侯爵家の立場でありながら、何たる傲慢な態度なの!?」
「どの口が言ってんだぁ?さっさと帰れよ!忙しいんだっつってんだろうがぁ!?」
怒りを咆哮のように言い放つ叔父に、リアナイト侯爵夫人は震えあがって顔を青ざめた。すぐに慌てて取り繕うように話そうとするが、叔父はそれを無視してさっさと玄関から工房に行ってしまった。
「"宝石侯爵"もご覧の通りです。さぁ、お帰り下さい。」
唖然とするリアナイト侯爵夫人を、父は笑顔を見せて玄関へ誘導するように手を差し出した。それにハッと我に返って、今度は父に話しかけようとするが、
「お帰り下さい、これ以上は私も容赦は致しませんよ。」
父は叔父とは真逆に努めて冷ややかに、けれどどちらも同じように強固な態度でリアナイト侯爵夫人に拒否を続ける。ある意味リアナイト侯爵夫人が言った通り、宝石を扱うファウンティール侯爵家の人間は、一度決めたら揺るがない意志を貫く矜持がある。それを私も見習わねば、と意志を固めてリアナイト侯爵夫人を睨みつける。
「もう、いいですわ。」
静かに語り出したリアナイト侯爵夫人は首に飾っていたネックレスに手を取った。
「こんなものがなくても、代わりはいくらでもありますわ!」
そのまま勢いよく引っ張って、ネックレスを首から引きちぎろうとしたが、するりと手がネックレスから離れてしまった。そんな間の抜けた行動を取ったリアナイト侯爵夫人は、それだけでは済まない状況にしてしまった。
「そうですか。ならば、こちらとしてはそれ相応の対処をさせて頂きましょう。」
ファウンティール侯爵家当主の目の前で、ファウンティールの宝飾品を壊そうとしたリアナイト侯爵夫人が当然、怒りを買うのは分かっていたはずなのに、自身の怒りを優先にしたその行為に、父が怒らないはずがない。
「今の行為は我がファウンティール侯爵家への侮辱だ!王宮裁判にて提訴させて頂く!この旨は無論、リアナイト侯爵にも話を通させてもらう!」
当然顔を青ざめたリアナイト侯爵夫人は、待って頂戴!と声を上げた。
「私が悪かったわ!あの人には言わないで!もうここへは来ないわ!」
「ならば、速やかに出ていけ!この無礼者がァ!!」
父の怒りの咆哮は叔父に匹敵する程の迫力で、リアナイト侯爵夫人は慌てて玄関から出て行った。間近で父の怒りに触れて、私は震えあがって身動き一つ取れないほどに固まってしまった。リアナイト侯爵夫人の乗った馬車が立ち去った音まで聞いてから、父がようやく息を整えた様子を見せた。
「全く、懲りない夫人だ。さすがに私も抑えきれない。なんたる無礼な女だ。」
そう言ってからようやく私が隣にいることを思い出したのか、ハッと我に返って私を見た。怒りに染まっていた父の顔はそれを誤魔化すような苦笑に変わった。
「あぁ、カメリア!すまない、驚かせてしまったようだ。」
「い、いいえ。大丈夫、です。」
何とかそう返した後に、背後から豪快な笑い声と共に叔父がやってきた。
「久しぶりに見たぞ、兄貴の雷を!」
「流石にアレは無理だ。でも、出来ればカメリアの前では怒りたくなかった。」
落ち込む父の姿に、私は何とか体裁を整えて笑みを浮かべた。
「大丈夫、ですわ。」
「あぁ、ますますカメリアに嫌われてしまった。」
父の落ち込む方向が何だか嬉しくなってしまって、私は笑みを深めた。

だが、結果的には私はあの双子に完全に会えなくなった、とその夜に思い出しては一人、枕を濡らすしかなかった。

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