第02話  幼少時代2

互いの自己紹介が済んだところで、視線を感じてそちらに向き直ると、双子の弟であるクレオリッドが横になりつつも、眠らずに見ていたのだ。それに笑みを見せつつ、ベッドの横から声をかける。
「具合はどうですか?ここには誰も来ないから、ゆっくり休んでいいわ。」
「あの、でも。」
「寝ていろ、クレオ。」
遠慮がちに答えるクレオリッドを気遣い、優しくシーツをかけるクリスフォード。心配そうに弟を見つめる兄の微笑ましい光景に、安心させるように私が答える。
「大丈夫よ。もし、大人に何か言われたら、"未来の宝石侯爵のご指名で遊び相手になっていました"って言えばいいわ。」
「え?君が、"宝石侯爵"?」
クリスフォードが驚いた顔で、私を見て言った。
「そうよ、トゥリア姉様のがとても優秀なのにね。」
幼い時に姉が嫌味として言っていたことを、皮肉として隠そうともせずに言って、私はクリスフォード達から視線を外した。
「その、すまない。そういうつもりじゃなかった。」
私の言葉を聞いて自分が余計なことを言った、と危惧した様子のクリスフォードに、私は慌てて笑顔を浮かべて返した。
「いいの、私は継ぐつもりなんてないもの。」
「そうなのか?」
私はベッドの横にあるソファにクリスフォードを呼ぶと、テーブルに置いてあったティーカップを並べていく。念のためにクレオリッドの分もカップを用意しておくと、ポットを手に取った。
「私は普通のお嬢様でいたいの。こうして、誰かとお茶したり、お話したりしていたいの。あんな気持ち悪い大人になんてならないわ。」
そう言ってクリスフォードの返答を待たずに、ポットに水を入れに行く。ベッドの横を通るときにクレオリッドの顔色を窺おうも、寝息が聞こえてきたのでそのまま通り過ぎた。
「君がお茶を淹れてくれるのかい?」
ソファに座ったままで背もたれ越しにクリスフォードが声をかけてくる。キッチンからクリスフォードの方を見つつも、会話を続ける。
「ええ、ここは私だけの家だもの。私が全部するのよ。」
と自慢するものの、実質専属メイドのマリーが掃除や管理をしているのだが、そんなことをいう必要がないので、見栄を張ってみる。
「すごいね、君は。」
「うふふ。」
実際にクリスフォードに褒められて私は上機嫌になり、水を入れたポットをテーブルにもっていく。
「今、お茶を淹れるわね。」
そういうと、私はポットに両手で包み込むようにあてる。すると次第に冷たかった陶器が温まりだし、程よい温かさで手を放す。
「え、今まさか。」
「うふふ、すごいでしょう?」
私はクリスフォードの反応を見て、心から嬉しくなった。クリスフォードは未だに湯気の出るポットを見て、驚いた様子で見つめている。
「君はもう、魔法が使えるのかい?」
「4歳からずーっと毎日、石と魔法とにらめっこよ。でも、こういう時は便利ね。」
"宝石侯爵"としての修業で強制的に学ばされた魔法だったが、クリスフォードの反応を見ていると、学んでよかったのかもと思い直した。
茶葉の入った缶から出した茶葉をポットに入れて、蓋をする。その間にカップもポット同様に少しだけ温めると、クリスフォードに差し出した。受け取ったクリスフォードがまんまると目を見開く表情が可愛らしくて、うふふっと笑った。
「僕はようやく基礎を教わったところなのに。」
「本来はきっとそうなんでしょうね。クリスフォード様の属性は?」
この国では子供の誕生後に、鑑定能力を持つ魔法士が適性を見ることが義務付けられていて、国民全てが自身の適性を把握している。それ故に、魔法の話から自身の適性の話へ移ることが多い。
「風だよ。今は木の葉を揺らすのが精一杯さ。」
「ふふ、そのうちあっという間に大樹を薙ぎ倒しちゃいますよ。」
そう言いながら、クリスフォードのカップに紅茶を注ぐ。自身のカップにも紅茶を注ぐと、ポッドを置いてクリスフォードに紅茶を勧めた。
「さぁ、どうぞ。あと、クッキーもあったかしら?」
私はソファの近くのお菓子が入ってる両開きの棚を開ける。マリーの計らいで大好きなシェフが作ってくれるクッキーが箱に収まっていた。
「ふふっ、本当に何でもあるんだね。」
クリスフォードは紅茶を口にして、また微笑んでみせた。その笑みにとても惹かれるものを感じながら、私はクッキーを皿に並べてクリスフォードへ勧めた。
「この紅茶、とても美味しい。どこの茶葉なんだい?」
すぐに飲み干してしまった紅茶のカップを見つめながら、私にクリスフォードは尋ねてくる。私はすぐ近くに置いてあった茶葉の缶を手に取って、産地等を確認する。
「確か、カルムコリン産地の茶葉ですわ。メイドがお勧めしてくれたので、愛用しているものですわ。」
「そうか。こんなに紅茶が美味しい、と思ったのは初めてだよ。もう一杯頂いてもいいかい?」
クリスフォードは花がほころぶような笑みで、紅茶をお代わりしてきた。
「ええ、どうぞ。こちらのクッキーもいかがかしら?」
「頂くよ。ありがとう、カメリア嬢。」
少年というよりも大人の対応をさらりとしているクリスフォードに、私は分家の子息達とはまた違った雰囲気を纏うクリスフォードが、とても特別なように見えた。
今までは異性を見ても、高位貴族の大人の醜さばかりが目に入っていたが、クリスフォードのような大人びているが少年らしさもあり、恋愛小説の挿絵を見ているような素敵な容貌に、私は何故か胸が高鳴っていった。


「・・・兄さん?」
そんなクリスフォードと何気ない会話をしていると、紅茶とお菓子の香りに誘われたのか、横になっていたはずのクレオリッドが身体を起こした。
「大丈夫か?クレオ。」
「うん、もう平気。」
ベッドから起き上がってきたクレオリッドが、ソファに座っているクリスフォードの横に座る前に、
「ありがとう。」
私に人懐っこく愛らしい笑みでお礼を言った。途端に私はクリスフォードの時と同じく高鳴る振動の音に驚いて胸に手を当てた。笑みを浮かべた後にクレオリッドはすとんと、弾むような勢いでクリスフォードの横に座った。
「行儀が悪いぞ、クレオ。」
「むー、はーい。」
行儀を注意するも笑みを浮かべるクリスフォードに、ぷくっと頬を膨らませて不満げにするクレオリッドの双子の光景を目の前に、私はとても嬉しくて胸がドキドキしているのを必死に抑えた。
「ボクも、もらっていい?」
「えっ?ええ、勿論。どうぞ。」
そう言われて私が慌てて紅茶を用意をしていると、クレオリッドはひょいとクッキーを手にして、口にすると満面の笑みを浮かべた。
「おいしい!」
「クレオ、紅茶も美味しいぞ。」
「ホント?!頂きますっ!」
窓から日差しの中、双子の兄弟が紅茶とクッキーを手に仲良く微笑む光景に、不思議な高揚感が胸を高鳴らせ続けていた。

この時、私はまだ7歳で、クリスフォードとクレオリッドは9歳だった。
そして、これが"初恋だ"と自覚するのはもう少し後になる。

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