第07話 幼少時代7
「このお話は、最後の結末が悲しくてね。」
あの後はいつも通り、楽しく会話をしながら紅茶を楽しんでいた。クレオリッドは私にお勧めの本を丁寧に説明してくれて、クリスフォードは最近覚えたと言う魔法を見せてくれた。
「ほら!僕もここまで魔法が使えるようになったんだ。」
二人がこうして話す時はとても楽しそうにしているが、リアナイト侯爵夫人が関わると意図的に避けていた。あの無表情を知っていると変に勘ぐってしまうが、当時7歳の私にはその心の内を理解できるわけがない。結局メイドのマリーが呼びに来て、楽しい時間はあっという間に終わってしまった。
「もう少し話していたかったのに。」
「また来るよ、今度はボク達だけで。」
寂しくなってそう呟くと、私の手をぎゅっと握ってクレオリッドが笑顔を見せる。
「そうだな、次はそうしよう。」
クリスフォードもその手を重ねるように添えてくれた。双子の袖にキラリと光るカフスボタンが眩しくて、また会える、と思うと私は嬉しくなって頷いた。
「じゃ、行こうか。」
重い腰を上げるようにどこか覚悟を決めたようにクリスフォードが立ち上がった。クレオリッドも似た様子で立ち上がるのをみて、私は双子のそれぞれの手を握った。
「いつでも会いに来てくださいね。両手、あけておきますから。」
別れが寂しいが、けど我慢しようと精一杯だった私の出た言葉に、双子は一瞬顔を見合わせた後に頷いた。
「うん、また必ず。」
そう言ってくれたクレオリッドの笑みが、やっぱりどこか悲しく見えた。
部屋に着いた時には私たちの到着を待っていた父とリアナイト侯爵夫人の姿に見えた。
「お待たせしました。」
「あぁ。カメリア、おかえり。」
父は私の両側にいる双子の姿とちらっと見た後に、笑みを浮かべてリアナイト侯爵夫人に向き直った。
「この度はありがとうございました。うちの娘も良い時間を過ごせたようです。」
「ほほほ、うちの子達でお役に立てるのならば、いつでもお呼びくださいませ。さぁ、帰るわよ。」
リアナイト侯爵夫人がソファから立ち上がり、こちらに近づいてくるのを見て、両側にいた双子の気配が緊張するのを感じた。
「あら、それは何かしら?」
私が双子にプレゼントしたあのカフスボタンに気づいたリアナイト侯爵夫人が、クレオリッドの方へ手を伸ばした瞬間。
「触らないで!」
パン!と音がして、すぐカチャンと扇子が落ちる音がした。クレオリッドがリアナイト侯爵夫人の手を振り払ったのだ。
「あっ。」
クレオリッドが我に返って顔を青ざめ、クリスフォードが慌ててクレオリッドの前に割り込んだ。
「っ、なんてことをっ!」
リアナイト侯爵夫人の怒号が聞こえて、双子は身体を硬直させた。その怒号の大きさに私も同じく身体が強ばらせた。
「ご、ごめんなさい。お母さ―――。」
「お黙りなさい!"あの人の子供"だからって容赦しないわ!」
落ちた扇子を拾い上げるとリアナイト夫人がその勢いのまま、扇子を振り上げた。それに無意識に体が動いて、私が双子の前に出た瞬間。
「リアナイト公爵夫人。」
父であるシュベルトが、扇子を握りしめるその手を横から掴んだ。リアナイト公爵夫人はギロッと父を睨むも、それ以上に冷ややかな父の表情に、私は身体を震わせた。普段の穏やかで怒らない父が本気で怒ったのだ、とわかったからだ。
「躾は大切ですが、この場でするのはいかがなものでしょうか?」
「離してくださらない!?この子の態度は侯爵家の息子として恥ずべきことですわ!」
リアナイト公爵夫人はそれには気づかず、怒鳴り返している。内心で急いで止めたい気持ちがあったが、目の前の光景に身体の震えを止まらずにいた。
「ですが、それは今この場ですることではありませんね。それに―――。」
リアナイト公爵夫人の手を掴んだ父の表情がより濃く怒りに滲んだ。
「そのまま振り下ろしていたら、私の娘にも当たりますので。」
その言葉にリアナイト公爵夫人がこちらに視線を戻すと、双子の前に出ている私と視線が合った。憎々しげに見下ろしてくる視線に、私は負けじと真っ向から睨みつけた。するとリアナイト公爵夫人はその手から力を抜いたので、父が失礼いたしました、と笑みを浮かべて腕を離した。
「帰るわよ。」
それだけ言うと、リアナイト公爵夫人はさっさと部屋を出て行った。その姿を見送ってから父は私達に向き直る。
「カメリア、ケガはないかい?」
「私は平気ですわ、でも。」
私は双子へ視線を向けると、クレオリッドがクリスフォードに支えられ、真っ青な顔で震えていた。父と私の視線に気づいたクリスフォードが、慌てて父に謝罪した。
「ファウンティール侯爵様、ご無礼をお許しください。」
「かまわない。それより、君達は大丈夫なのかい?」
「――僕達は、平気です。」
行こう、と呟いたクリスフォードの声にクレオリッドはまだ青い顔のまま頷いて、双子はゆっくりと歩き出した。
「お、お待ちになって。」
部屋から出ようとする双子に私が近づくが、父の手が肩を掴んで阻止した。
「お父様?離してください!」
「カメリア、これ以上はダメだ。」
「ですが、お父様!」
父の手を払おうとしても、7歳の少女が振り払える訳がない。一瞬だけ双子が私の方を向いて、申し訳なさそうに顔を歪めると、玄関ドアに手をかけた。
「気持ちはわかるが、私達が立ち入ることは出来ないよ。」
再度、語尾を強めて父が制する間に、双子は玄関ドアの向こうに消えた。何も出来ない悔しさが私の心を占めていたが、何とか堪えて抵抗をやめた。
「よく耐えたね、カメリア。しかし、あの夫人の態度は酷いものだな。」
父は手を離すと私の頭を撫でたが、今は素直に受け入れられず、父を見れずにいた。
「クライヴィス卿が"再婚"した時は祝福したものだが、あれでは考えものだな。」
「えっ?」
私は父の言葉に思わず振り返る。
「"再婚"?では、お二人のお母様は――。」
「ああ、あの双子の本当の母親は、出産時の影響で若くして亡くなったんだ。確か、7年前だったか。」
父の言葉に、私は双子のリアナイト公爵夫人への態度が妙だったのは、血の繋がりのない親子だとようやく納得がした。しかし、父は別のことを考えていたようで、腕を組んで悩み始めた。
「あれではファウンティールの品格が疑われるな。早急にクライヴィス卿と話をしなければ。カメリア、もう部屋に戻りなさい。」
父はそれだけ言うと部屋を出て行った。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
一部始終を見ていたメイドのマリーが駆け寄ってきて、私に話しかけた。
「ええ。それよりも、マリー。」
「わかっていますわ、お嬢様。私の友人がリアナイト公爵家にお仕えしてますので、話してみますわ。」
心強い味方の言葉に、私はようやく息を吐いた。
「あぁ、私に力があったら―――。」
と窓の外へ視線を移し、私は心の中で双子の心の平穏を祈っていた。
あの日以降、文通は一切途絶えた。
何度も手紙を送るも返答はなく、数週間が過ぎた頃。私は父の許可を取って、馬車でリアナイト侯爵家へ向かった。
敷地の鉄柵の向こうに見える豪奢なリアナイト公爵の屋敷に着くと、馬車を降りて呼び鈴を鳴らした。すると、玄関から使用人らしきメイドが暗い表情で近づいてきた。
「カメリア・ローザ・ファウンティール様ですね。誠に申し訳ございませんが、お坊ちゃま方とお会いすることは出来ません。」
「そんな!どうしてです!?」
鉄柵越しに話しかけると、メイドは背後の屋敷を気にしていた。
「お帰り下さい。」
メイドは苦しい胸の内を表すように顔をしかめて、足早に屋敷に戻っていった。慌てて鉄柵に捕まって手を伸ばしても、メイドは止まってくれずに、そのまま屋敷に入って行ってしまった。
「私は諦めませんから!」
大きな声で屋敷に怒鳴りつけるように叫んで、結局私は馬車へ戻るしかなかった。