第06話 幼少時代6
翌日、リアナイト侯爵家の馬車が窓から見えて、大急ぎで玄関に向かうとすでに父と叔父は待機していて、当然のように横に並ぶと父は驚いた様子だったが、私は玄関のドアが開くのを待っていたので無視した。
やがて、開いたドアの向こうに最初に見えたのはリアナイト侯爵夫人で、一目見てわかるほどの豪華なドレス、そして身に着けるは"宝石侯爵"の宝飾品。いつものように着飾った姿に、私は内心幻滅しつつも父の横で一礼する。
「ようこそ、リアナイト侯爵夫人。」
父がいつもの営業スマイルでリアナイト侯爵夫人を迎え入れる。リアナイト侯爵夫人は父と叔父を見て笑みを浮かべたが、同じ場所に立つ私には一切見向きもせずに、そのまま父へ話しかける。
「シュベルト様と、こうしてお付き合いさせていただけるとは光栄ですわ。」
「こちらこそ、リアナイト侯爵夫人にはいつも格別な配慮を賜り、感謝申し上げる。」
貴族恒例の褒めちぎりから挨拶が始まった辺りで、私は双子の様子をちらっと確認すると案の定、双子らしく同じ感情が読めない無表情で視線を彷徨わせていた。
「おや、ご子息もお連れでしたか。カメリア、"大事なお客様"に失礼のないようになさい。」
父がリアナイト侯爵夫人の後ろに控える双子を見て、私がここにいる理由に気づいたようで、私に笑みを見せてそう告げた。
「はい、お父様。クリスフォード様、クレオリッド様。こちらへどうぞ。」
父の気遣いに内心感謝して、双子を誘導しようと視線を向けると、双子は嬉しそうに私の近くまで歩いてきたのだが、
「クリス、クレオ。」
リアナイト侯爵夫人が呼び止めた途端に、二人の肩がひくんと跳ね上がった。
「"ファウンティール侯爵令嬢"に失礼のないようにね?」
「「はい、お母様。」」
何か言いたげなリアナイト侯爵夫人に、双子は感情のない声で返答をする。
「では、失礼いたします。さぁ、行きましょう。」
一刻も早く双子を連れ出したくて、近づいてきた双子の手を取り、さっさと玄関から移動する。
「まぁ、お嬢様にうちの子達は、気に入られたようですわね。」
背後から聞こえたリアナイト侯爵夫人の声に不快感を心の中に沸き上がったが、それに気づいた双子が私の手をぎゅっと握り返す。その暖かなぬくもりに、すぐ不快感は霧散していった。
「カメリア嬢、すまない。」
中庭のあの家に着いた時には、ようやくあの優しい笑みに戻ったクリスフォード。クレオリッドも落ち着いたのか、安堵のため息を吐くのが見えた。
「いいえ、私が勝手にしてることですわ。ご迷惑になってないかしら?」
「ううん。むしろ、ボク達がカメリアの迷惑になってない?」
「そんなこと、ちっとも思ってないわ。さぁ、座ってちょうだい。」
いつものように紅茶を用意しながら、双子をソファに座らせた。
「クリスフォード様、クレオリッド様。」
テーブルに紅茶だけでなくドライフルーツやお菓子を並べ終わってから、私は向かいのソファに座ると、双子の顔をそれぞれ見つめる。
「こないだのお茶会の時もそうでしたけど、お二人ともお母様への態度が変ですわ。差し出がましいとは思いますけど、どうしてですの?」
「それは、その——―。」
クレオリッドは兄であるクリスフォードへ視線を向ける。クリスフォードは一度目を逸らして思考を巡らせた後、私を見つめ直した。
「申し訳ないが、これは僕達の事情で話せないんだ。」
「そうですわね。でも、お二人の"あれ"は浮いて見えてしまいますわ。私の前だけではないでしょう?」
クリスフォードは苦しい胸の内を抑え込むように黙り込んだ。横で心配そうに見つめるクレオリッドもまた、似たように黙り込んでいる。
「私が何か、お二人に出来ることはありませんか?」
「いや、これ以上の迷惑をかけたくない。」
「迷惑だなんて思っていませんわ。私は―――。」
私は一瞬お二人が好きだから心配なんです、と返そうと悩んだ態度がどう見えたのか、クレオリッドには慌てて笑みを浮かべた。
「ボク達は平気。カメリアが心配することじゃないよ。」
「ああ、そうだ。君がそんな心配することはない。」
双子は揃って苦笑いしているので、私は胸が苦しくなって思わず胸元を抑えた。
「カメリア嬢?どこか具合が―――。」
「悪いですわ、お二人のせいですわ。」
と私が意地悪なことを言うと、クリスフォードは困惑した顔を見せて黙り込んだ。
「正直に言いますわ。お二人のことを考えると、胸が苦しくてつらいです。」
「カメリア、ごめんね。」
クレオリッドが申し訳なさそうに私の名前を呼んだ。それはすごく嬉しくて、私は笑みを見せて双子に返した。
「ですから、どうか私にお二人の力添えをさせてください。」
私はソファの横の引き出しを開けて、事前に中にしまってあった箱を二つ取り出す。二人ともその箱を見て不思議そうな顔をする。
「こっちはクリスフォード様、こっちはクレオリッド様に。」
それぞれ箱を手渡しすると、双子は揃って顔を見合わせて戸惑った様子に変わる。
「どうぞ、気に入ってくださると嬉しいですけれども。」
開けてみて、と私が催促すると、双子はそっと箱の蓋を開けた。中を見た途端、クレオリッドがうわぁと嬉しそうに呟いた。
「キレイ。」
クレオリッドは箱の中身をすぐ手に取ると、窓辺からこぼれる日差しにかざした。
「兄さん!見て見て!金色にも見えるし、緑色にも見えるよ!」
無邪気にそれを光に当てて輝きに見入る弟に対して、兄であるクリスフォードは蓋を開けたまま、困惑した表情のままだ。
「これは、どうして。」
「お二人のために、私が作ったものですわ。"宝石侯爵"の叔父様のではなくて、申し訳ないですわ。」
「いや、そうじゃない。なんで、これを。」
クリスフォードは箱の中にあるものを見てから、再び私のものを見る。
「少しでも心の癒しになれたら、と思って。事情はお話ししてくれないでしょうから、私にできることは何かと考えたんです。」
私は箱を持つクリスフォードのその手に添えるように手を合わせる。
「お守り石ですから、高価なものではありません。気にせず受け取ってください。」
「ねぇ、カメリア。この石はなんて言うの?ボク、初めて見るよ!」
未だ戸惑うクリスフォードの横で、クレオリッドが手のひらに乗せたそれを見せてくる。叔父からもらったカフスボタンの土台に鎮座する石は、緑色の中に黄色の鮮やかな煌めきが光を浴びると眩しい石だ。
「スフェーンといいますわ。エメラルドやトルマリン、ジェダイトに比べるとあまり知られていない石なんですが、煌めきはダイヤモンドにも負けないほどです。」
「へぇ、すごい!キラキラしててキレイ!」
「クリスフォード様のはチャロアイトと言います。浄化と癒しの力があります。」
紫色と白色のマーブル模様の石のついたカフスボタンを、箱から取り出さずにただ眺めるだけのクリスフォードが、
「君は、継がないんじゃなかったのかい?」
と呟くのを聞いて、私は苦笑いした。
「そのつもりでしたわ。けど、お二人を見ていて考えを改めました。」
「えっ?」
「欲しいものができたんです。その為に、努力しようと。」
それはお二人です、と言えたらいいのだが、何か恥ずかしくなって私は笑みで誤魔化して言うと、クリスフォードはちょっと驚いた様子を見せた後に笑みを浮かべた。
「そうか、これはその第一歩になるのかな?」
「はい。」
「大事にするよ、カメリア嬢。」
クリスフォードはようやく箱からカフスボタンを取り出すと、すぐ両袖に着けた。それを見たクレオリッドも同じようにカフスボタンを着ける。
「ありがとう、カメリア!ボク、こんな嬉しいプレゼント初めてだよ!」
大喜びしているクレオリッドのその言葉に、クリスフォードが少し表情を曇らせたのを、その時の私は見逃していた。