第18話 穏やかな昼1

初日に自分で選んだ授業をいくつか終え、あっという間に昼食の時間を知らせるチャイムが聞こえた。私は双子との約束通りに食堂へ向かうと、出入り口から溢れんばかりの生徒の数でごった返していた。ハルシオネ学園の全校生徒は200人弱しかいないのだが、生徒の殆どが爵位を持つ貴族の生徒で寮生活を送っている為、昼食を食堂を利用することが多い。例外として、姉を含めた侯爵家の子が自身の招いたシェフに寮内で作らせることもあるらしい。
「あらら、大人気ですわね。」
と予想していたとはいえ、少し困っているところで食堂の出口から、クリスが出てくるのが見えた。咄嗟に呼ぼうと声を上げかけたが、人の多さに躊躇して近づいてからにした。近づく途中でクレオも出口から顔を見せた瞬間に、双子と目が合った。
「クリス、クレオ。」
そう呼びかけるとぱぁっと花が咲いたようにクレオは笑い、花がほころぶように穏やかな笑みを見せるクリス。それはとても眩しくて、それぞれに合った笑顔だった。3年前はやや憂いを帯びた笑顔だったが、今はとても素敵な笑顔になっていた。
「リアだ!良かったぁ、迷子にならずに来れた?」
その双子の笑顔を間近で見たくて、駆け足で近づいた。
「ええ、少し遅くなってしまいましたか?」
「いや、おかげでこうして見つけられた。今日は入学初日で混んでいるから、見つけられなかったらどうしようか、と思ったところだよ。」
嬉しそうに微笑む双子を見れば、その両手には持ち帰り用のバスケットと紅茶の入ったガラス瓶を抱えていた。
「あら、食べていくのではないの?」
「今日は混んでるから、やめといたんだ。天気もいいし、どこか外で食べようよ。」
クレオがさぁさぁ、と私の背中を押して、渡り廊下のほうへ移動しようとするので一度食堂内をチラッと見ようとすると、
「さぁ、行こうか。おススメの場所があるんだ。」
そう言いながらクリスが私から食堂内を隠すように回り込んだ―――一瞬、食堂内で不満げな表情の姉を見つけて、双子が何故外で食べることにしたのか納得した。姉と遭遇しないように、とあらかじめ持ち帰りに変えてくれたのだ。
「ええ、行きましょうか。」
双子の配慮に嬉しくなりながら、私は二人に寄り添うように歩く。やはり食堂が混むことを予想していた生徒が多かったようで、同じようにバスケットを抱えた生徒もちらほらと見受けられた。クレオの言った通りに外の天気がいいのもあって、爽やかな陽気と、この後の三人だけでの昼食という状況に心を躍らせる。同じ気持ちのようで双子も嬉しそうに横を歩き、食堂があった園舎から渡り廊下を通って中庭へ移動し、一本の大きな木の下にあるテラスに辿り着いた。
「まぁ、素敵!」
「いいでしょう?さ、座って座って!」
クレオがささっとベンチに落ちた木の葉を払って、私に席を勧める。その長椅子に座ると案の定、両側を定位置のように双子が座った。
「今日、チキンサンドとパイがあったから確保したんだ!とっても美味しいよ!」
クリスが胸ポケットからテーブルクロスを取り出して広げ、クレオがバスケットを私の前に置く。流れるように紅茶のガラス瓶を添え、私にお手拭きまで差し出す双子の行動は、家事を一通りこなせるようになった私も驚きの自然さだった。
「お二人とも、まるで凄腕の使用人のようですわ。」
「あぁ、リアナイト侯爵家では、僕達もメイドと一緒に食卓の準備をするからね。」
そう言いながら、クリスはガラス瓶のコルクを抜くと、私の前に戻した。
「まぁ、そうなんですの?」
本来の侯爵家であれば、食事は全て使用人が用意し、出されたものを食べ、片付けもすべて使用人の手で行われる。だから、本来は私のように家事を一通りこなすなんてのもあり得ないのだ。だが、私の場合は修業の一環、という名の、楽したい叔父の思惑の部分もあるが、そうではない双子が出来るのが意外だった。
「お父様がね、今のうちにこういうことに慣れておけと言うからね。普通は全部メイドさんとかにお任せなんだろうけどね。」
私の目の前にあるバスケットのフタを開けながら、クレオがどうぞと勧める。そのバスケットの中には、素揚げした鶏肉をソースに絡めたものがバンズに挟まったサンドと、四角に成形されたパイが入っていた。チキンサンドの大きさは普通よりも大きめで、見た目はかなり大きいので、これだけでお腹は満たされてしまいそうだ。そこに目を奪われそうになりつつも、会話は続ける。
「変わった教育方針なのですね、リアナイト侯爵家は。」
「僕達の"お母様"は庶民の出でメイドとしてリアナイト侯爵に仕えていたらしくて、身の回りのお世話を完璧にこなすのを見た影響らしい。」
クリスの口から聞こえた"お母様"の言葉に、一瞬あの"リアナイト侯爵夫人"がよぎったが、優しい声色から"実の母"のことだろう、と内心納得して黙っておいた。
「それじゃ、いただきます!」
クレオが両手を合わせて、チキンサンドに口をつける。それを見て、私もいただきますと呟いて、同じチキンサンドを食べる。一口目からチキンサンドのソースがバンズの味に絡んで美味しかった。
「とても美味しいですわ。」
「良かった。味が濃いから、リアに合うか不安だったんだ。」
「普段は叔父様と食事してると、味の濃いものが多いので慣れてしまいましたわ。」
そう言って紅茶を口にすると、さっぱりとした味わいでまたチキンサンドが食べたくなってしまう。またチキンサンドを口に入れると、ソースの味が癖になりそうだ。あっという間にチキンサンドを食べ終わると、次にパイを手に取った。触って分かるほどのサクサクな生地に、味の期待をして口へ運ぶ。
「ん、これは野菜のパイですか?」
どんな味かわからずに口に運んでしまったが故に、一瞬中身がわからなかったが、トマトソースで煮込まれた野菜の触感がほどよく残って、パイ生地と相まってとても自分の好みだと思った。
「そうだよ!美味しい?」
「美味しいですわ!私、トマトソース大好きなんですわ。」
私がそう言うと、双子は嬉しそうにうなずいた。
「ボクも!このパイも人気だから、早めに確保できてよかった!」
「リアの口にあったようで、良かった。」
双子はすでに食後の紅茶を楽しんでいて、ようやく食べ終わった私を待っていてくれた。食後のデザートとしてプリンもあって、双子の気遣いに心から嬉しくなってしまう。三人で楽しく会話しながら、食事をする時間がゆるやかに流れ、
「あぁ、幸せですわ。」
と思わず私がそう呟くと、クリスもクレオも嬉しそうに微笑んでいた。
「にゃあん。」
ちょうど食事が終わる頃に、テラスに一匹の猫がやってきた。黒い毛並みにトルマリンにような黄緑の瞳の猫には、チリリンと首輪に鈴があったことから、誰かの飼い猫であることに気づく。
「あら、可愛らしい。」
そういって黒猫に近づくと、首輪に何か紙が結ってあるのに気づく。
「ん?何かしら?」
それを黒猫を抱き上げて、紙を外す。ゴロゴロと猫の喉が鳴る音に心地よさを感じつつ、撫でてから離した。取った紙を広げてみると、
「"嫌なのがそっちにいった"?」
それだけ書かれた紙に疑問を浮かべていると、背後にいたはずの双子が私を隠すようにすっと近づいてきた。
「やっと見つけましたわ!」
金切声のような甲高い声に、一瞬で状況を理解した。双子の肩越しに見えたのは怒り心頭の姉が、レベッカを従えてこちらへ向かってきていた。

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