第04話  幼少時代4

宝石侯爵である叔父から受ける修業の一つは宝石に関わる常識や鉱石に関する知識を学ぶもので、さほど苦ではなかった。今思えば、叔父の指導の仕方はかなり優しく、危険な作業を間違えない限りは、怒られることはほとんどなかった。
何故、あれほど自分が嫌がっていたのかわからないほど、のめりこむように覚えていく私に、叔父だけでなく家族中が驚いていたそうだ。
「カメリア、恋はとてもいいことよ。相手を思う気持ちは、何にも勝るわ。」
そう言っては大体が父との馴れ初めから、今に至るまでの恋愛話をさんざん語ってくる母リティシアの定番の流れは、正直うんざりすることが多かったが、あの当時だけは内心とても羨ましく思っていた。母のように"宝石侯爵"に関わりなく、好きなだけお茶をしたり話をしたり出来るその立場や、父との恋愛話を私と双子に重ねて想像すると幸せな気持ちになって、一種の現実逃避になっていたからだ。
ファウンティール侯爵家の毎日で催されるお茶の時間といえば、母が自身の娘達を部屋に呼んではお喋りに興じるのだが、私にとっては苦痛の時間だ。
それは物心ついた時から、嫌味や酷い仕打ちをする姉トゥリアが同席しているからだ。
そんな理由で私は姉の顔を見るのも名前も聞くのも嫌いなのだが、母は"姉は私の将来を心配して指導していて、酷い仕打ちも姉妹同士のよくある喧嘩だ"という認識している。母にどんなに自身の気持ちを伝えても一切伝わらない、と悟った時から、ただひたすら黙って流すことでこの時間を乗り切るしかなかった。
「ウッドヴァレー王国の宰相補佐官で有名な、あのリアナイト侯爵の双子のご子息なんて、とっても素敵じゃない?カメリアは、どちらが好きなのかしら?」
「え、それは―――。」
突然そう問われた母の言葉に、戸惑いながら返答をしようとした瞬間だった。
「お母様。」
黙って話を聞いていた姉が、口を挟む。
「カメリアには恋愛なんて早いですわ。しかも、相手は侯爵家のご子息ですよ?今後何か問題になったらどうなさるのですか?」
「まぁ、恋愛に早いも遅いもないわ。トゥリア、貴女は本当にシュベルトに似たわねぇ。もう少し女性らし―――。」
「私は言われてる通りに、お父様の家業を継ぐので問題ありませんわ。何せ"宝石侯爵"はカメリアが継ぐのですから。」
何度も聞いたが耳障りな嫌みが飛び出してきて、嫌悪感に思わず私は紅茶のカップを口につける。まだ淹れたての紅茶とその嫌味ごと、さっさと飲み込んだ。やっぱり気分が悪くなった、と言って退席しようか考え出したところで、
「もし仮にそうなったなら、"双子とも"に婿入りしてもらえばいいわね。」
と、母が何気なしにそう言い出した瞬間、思考が止まった。私の中でそんな妄想は確かに抱いていたが、まさか母の口から聞くと思わず、しかも肯定的な言葉で話したことで、一瞬でも許された、と心が弾んだ。
「お母様、急に何を言い出すのですか?」
姉は訝しげに自身の母を見ていた。しかし、母はそれをお構い無しに話を続ける。
「だって、うちは息子いないでしょう?トゥリアとカメリアの両方のお婿さんになってくれれば、問題ないでしょう?」
「───えっ?」
「お母様!ですから、そういう問題ではなく―――。」
再び母が口にした言葉は、その後の母と姉の不毛なやり取りすら耳に入らない、衝撃的な言葉だった。

―――双子ともに?でも、どちらかがお姉様の―――。

「——―お母様。」
思ったよりも低い声が出たらしく、姉が一瞬驚いて私を見て、慌てて驚いたことを誤魔化すようにギッと睨みつけてきたが、そんなことが一切気にも止めなかった。
「なあに?」
「叔父様の課題を思い出しました。今日はこれで失礼します。」
それだけ言い捨てるように吐き出し、私は顔を向けることなく、母の部屋を退出した。そのままの勢いで自分の部屋に移動し、目についたクッションをひったくるように掴み、
「あああーーーっっ!!!」
叫びながら思いっきり床に叩きつけた。沸き上がってくる苛立ちは私を吠えさせた。
「誰がぁ、」
7歳の子供の癇癪にしては、喉から漏れる言葉は異常だったと思う。
「誰がぁ、"渡す"もんですかぁ!!」
そう吐き出した言葉の意味を、ハッと我に返って私は飲み込み直す。
「わ、渡す?な、何を言って―――。」
取り乱した私は慌てて理性を取り戻そうと考えるも、"双子ともに"と母の言葉が頭をよぎった瞬間、私は悟ってしまった。
「私は、もしかして―――。」
その時の幼稚で傲慢なこの思考は、今でも私の中の根幹になったものだ。
「ふたりとも、欲しいんだ。」
不意にこぼれた言葉と笑みが、7歳の少女から生まれ出るものとは到底思えないだろう。だが、口にしたことで想いを自覚した私は、晴れやかな気持ちで前を向いた。
「そうだわ、そうしましょう。別に、何も問題ないもの。」
この国では高位貴族に限り、複数の妻あるいは夫を持つことは珍しくない。現に母は父との交際前は別の伯爵家の第二夫人だったし、有名なところでは、国王の姪にあたるメーヴェル侯爵は三人の夫がいたはずだ。
だから、侯爵家の娘である私でも双子を夫に出来る、と自身が抱いた妄想を現実に出来ることに心が躍った。
「お姉様だって、さっきは乗り気じゃなさそうでしたし。そうよ、そうよ。」
私は叩きつけたクッションを元に戻し、乱れた髪を整える為に鏡台に座る。ささっと櫛で身なりを整えながら、
「相手に見合うように―――宝石と一緒ね。ふふ、頑張らなくちゃ。」
そう呟いて櫛を置いた。鏡に映った自分自身の笑みが、宝石のように輝いて見えた。


「もう終わったのか!?」
数日後に工房から出来上がった作品を、父に届けに来た叔父が、私の部屋にも立ち寄ってくれた。課題の進み具合を見に来たんだろうが、私がすでに終わらせていたので驚いていた。
「はい、見てください。」
出された課題はどの原石がどのような宝石になるのか、という初歩的なことだが、それらをきちんと紙でまとめて、実際にその原石と宝石に箱に分けたものを、叔父に手渡した。
「———全部合ってるな。」
「ありがとうございます、叔父様。」
「カメリア、よくできたな。」
叔父は驚きつつも、私の頭をなでながら褒めてくれた。
「けどな、カメリア。無理しなくていいんだぞ?」
「何をですか?」
「嫌だったんだろう?」
以前から継がないと豪語して、課題を放り投げていた常習犯であった私が、こんなにも真面目に取り組みだしたことに、叔父は心配したんだろう。
「ええ、今も本当は嫌です。」
「だろうな。俺も今のカメリア位の時は考えられなかったからな。」
「でも―――。」
私は一呼吸置いたのち、叔父を見上げて答える。
「"欲しい"ものができたんです。」
「欲しい?」
あの双子をか、と言いたげだったが、叔父はその先を敢えて口に出さなかった。
「ええ、自分の手で掴みたいんです。」
「そ、そうか。」
7歳の少女の言葉とは思えなかったんだろう、あの時の叔父が引き気味だった。
「お父様にも叔父様にも頼らずに、自分でしたいんです。」
「まぁ、そのカメリア?全部は頼らなくても、助力くらいはするからな?」
「ありがとうございます、叔父様。叔父様からは技術を教わるだけで十分です。」
「あー、うん。そうだな、俺じゃ何にも役に立てなさそうだしな。」
当時から独り身の叔父は恋愛事から遠のいて久しいはずだから、アドバイスもできないと思ったか、少し落ち込んでいた。
「ま、まぁ、何かあったら相談してくれ。」
そのまま去っていく叔父の背中は寂しげだったが、当時の私には一切目に入らなかった。

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