第09話 届かぬ手2

結局双子には会えずに時間だけが過ぎ、父と叔父も馬車へ乗り込む音が聞こえて、ガタンと馬車が動き出した。
「カメリア、出ておいで。」
父の声が聞こえて、私は蓋を手で押し上げた。マリーの手を借りて荷物スペースから出ると、その上の座席に座り直した。
「マリーから聞いたよ、会えなかったそうだね。」
「ええ。あちらのメイドがダメだ、と。」
「私もそれとなく夫人にも確認したが、どうも屋敷にいなかったようだ。すまなかったね、カメリア。」
泣きすぎて枯れ果てたはずの涙がまた出てきそうで、私は再び顔を両手で覆った。
「旦那様、私の友人は使用人の域を越えた悪質な扱いを受けておりました。メイド長も仕えるべく主人の予定を把握しておらず、空気が悪いように思います。何があったのでしょうか?」
「あぁ、それは私も思った。話し合いの最中にメイドが紅茶を淹れ間違えただけで、リアナイト侯爵夫人の叱責が凄まじいものだったよ。目に余るほどもので、ついまた口出ししてしまったくらいだ。」
父は頭を抱えてうんざりした様子で話した。叔父もあきれ顔で肩をすくめた。
「それと、カメリア。」
「はい、お父様。」
呼ばれたので両手を覆った顔を上げたが、話そうとする父の顔は悲しげだ。
「リアナイト侯爵夫人から、二度と子供に会わせないと言われたよ。宝飾品の依頼を格安で受け続けるなら、と条件を出されたが、すまないね。これはファウンティール侯爵家としては譲れないことだから。」
私は父からの宣告を受けて、また両手で顔を覆った。すると向かいに座っていた叔父の手が頭を撫でてきた。
「カメリア、どうしても会いたいよな?」
「はい、当然ですわ!私は、私はあのお二人がどうしても欲しいんです!」
父の前では言いたくなかったが、もう衝動的に"欲しい"と叫んでしまった。けれど父も叔父もそれを理解しているようで、そうかと呟いた。
「確証はないが、可能性がある。賭けるか?」
叔父が真剣な表情で私にそう告げた。私は一瞬戸惑ったが、涙をぬぐって頷いた。それを見た叔父は、豪快な笑みを浮かべた。
「いいか、カメリア。欲しいものがあるなら、力をつけて奪い取ってやれ。今からきちんと俺の下で修行すれば、次代の"宝石侯爵"の地位と技術、俺が培った"武術"を教えてやる。それであの高飛車のクソアマを地べたに這いずらせて、双子を奪い取ってやれ。」
その言葉に私は叔父の大きな身体が頼もしく見えて、何度も頷いて返した。
そうだ、欲しいなら奪い取ってでも手に入れる――その豪快な叔父の言葉は、この先の私に希望を与えてくれた。
「マルフィス、お前も侯爵家の人間なんだ、もう少し品を持って話してくれ。」
「こーゆー時はこの言い方のがしっくりくるんだよ。兄貴にはわりぃが、どちらにしろカメリアは俺の弟子になるんだぞ?その辺は諦めてくれ。」
そう話している父と叔父をそっちのけで、私は窓の外を見る。キラキラと輝く太陽がこの先の私を照らしてくれているように思えた。


こうして、私は本格的に"宝石侯爵"の後継者として、修業しながら叔父の作品作りに手伝うこととなった。それは叔父の屋敷兼工房に住み込みをし、メイドのマリーと3人で暮らす生活で、毎日のように姉の嫌味や母のお喋りに付き合わされた屋敷での生活から解放されたのは嬉しかったのだが、家事や自身の世話を全部使用人に任せていた為に、叔父の工房に住み込み出してから何一つ出来なかったことに気づいた。
「これくらいは一人で出来るようになっとけ。」
叔父の提案でマリーに手伝ってもらいながら、一人でも出来るように学び直した。最初こそ苦戦した部分があったが、マリーが根気よく教え、出来れば褒めてくれたおかげで、数か月で何とか出来るようにはなった。
「叔父様、どうですか?きょうの料理は。」
「おう、うめぇな!数か月で出来れば上出来だ。」
叔父も口は悪いが、とても優しかった。修業のペースは前よりも当然増えてしまったが、私がつまづいたり思うようにいかなくても、危険がない限りは怒らず静かに見守ってくれた。
「俺は教え方が下手かもしれねぇし、依頼が忙しいときは見てらんねぇ。だから、カメリアがこうして積極的に取り組んでくれると助かるぜ。」
「ええ。早く力を手に入れて、あのお二人に会いに行くんですから!」
私の根幹は、あの双子に相応しい女性になって手に入れることになっていた。その為の"宝石侯爵"になるための修業も、次から次へと貪欲に受けるようになった。
「いいか?俺が培った"武術"は、おそらくカメリアの身体では耐えられない。だから、"護身術"程度のもので抑える。それでも身体に酷使することになるし、将来にカメリアの身体に影響を及ぼす可能性だってあるが、やるか?」
工房の中庭で叔父から最初にそう告げられて始めた"護身術"に、私は躊躇した。
「叔父様。その具体的には、身体にどのような影響が出るのですか?」
「それはだな――。」
叔父の説明を一語一句忘れないように記憶に刻みながら、私はそれを受け入れた。
「わかりましたわ、やります。」
「本当に、後悔しないか?」
「ええ、やり遂げてみせます。」
その時の私は力を手に入れる為に無我夢中になって、双子に会いたいその一心で先の未来をあまり考えないようにしていた。

――そんな住み込み修業を始めて、8歳の誕生日が過ぎ、1年半が経ったある日に父が工房へやってきた。年に数度しか会わなかった私を久しぶりに見た父は、驚いて目を見開いていた。
「カメリア、随分と成長したようだね。」
「お父様。その表情は別の意図を感じるのですが?」
屋敷にいた時よりも身長は伸びたのだが、それ以上に"護身術"に耐えれるように、と食事量や運動量が増やしたせいか、体重が増えてしまって太ったように見える為に当時はそれを気にしていた。
「そんなつもりはないよ。力が身についたようで、父親としては誇らしいよ。」
「もう、お父様ったら。あまり褒められた気持ちになりませんわ。」
父は優しく笑って私の頭を撫でているが、それもあまり気持ちが入っていない気がした。それに父が叔父ではなく、私に会いに来たということは何かあったのだ、と察してしまったからだ。
「それでお父様、何かご用事だったのでは?」
「おお、そうだった。実はリアナイト侯爵夫人が今日、ここに来るんだよ。」
あまり聞きたくなかった名前に一瞬戸惑ったものの、それよりも何故屋敷ではなく、工房に来るのかが気になって父に尋ねた。
「何故、こちらに?」
「依頼を受けないと言った後から、ずっと屋敷に来ては宝飾品の依頼を受けろと言われて断り続けていたんだが、どうも私では埒が明かないと判断したんだろうね、直接"宝石侯爵"を交渉しに来た、というわけさ。」
事情を説明してくれた父に、私は納得して頷いて返した。
「本来は、私以外に個人的な依頼の窓口は設けていないんだがね。どうあっても納得してくれないようで、マルフィスにも言ってもらうことにしたのさ。」
「そうでしたか。リアナイト侯爵夫人が、そこまでしてファウンティールの宝飾品にこだわっているのは、何故でしょうか?」
私はリアナイト侯爵夫人の行動に不審に思って聞いた瞬間に、馬車が横付けされた音が外から聞こえた。
「ちょうどお越しのようだね。カメリア、同席しなさい。」
「えっ、よろしいでしょうか?」
「あぁ。今後一切個人的な依頼を受けない、と次代の"宝石侯爵"にも承知していると意味合いがあるんだ。いいかい、カメリア?」
リアナイト侯爵夫人とは2年近く前で、最後はあの瞬間だっただけに、少し怖い気持ちもあるのだが、
「ええ、問題ありませんわ。」
あれから私は、中途半端だけれど力をつけたんだ、と内心で自信を持って頷いた。

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