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【小説】「母と二人で」03

ガチャッと玄関のドアを開けて外へ出ると空は嫌になるくらいの晴天。絶好の旅立ち日和だ。

​マンションのエントランスドア近くに小さな青い車が止めてある、夏巳の母 夏夜子の愛車。

​車酔いする夏巳にとって長時間車に乗るのは、相当なストレスでしかないが、今日は乗るしかない。

夏夜子は車の後部座席に沢山の荷物を積み始めた。

夏巳は、寝癖のついたボサボサ頭で、服装はパジャマ姿から青い猫耳の付いたパーカーとアイボリー色の半ズボンに着替え、黄色い靴下に青色のスニーカーを履いて、学校の遠足の時に使うリュックサックを背負っている。

忙しそうにテキパキと動く夏夜子の側で、夏巳は玉子のサンドイッチをひと口食べながら、その姿をボーっと見つめていた。


「その荷物……もう全部入んないじゃないの?」サンドイッチを食べながら夏巳はつまらなそうに言った。

「大丈夫! このくらいならなんとか入るから! 夏巳は助手席に座って!」夏夜子は荷物を車の中に無理矢理突っ込んだ。

「オレの自転車は?」


「置いとく、荷物を置くのに邪魔になるから仕方ないでしょ? またそのうち新しいの買ってあげるからしばらく我慢してね!」

「じゃあ、スケボーは……」


「それならちゃんと持ってきたから!ほら じゃじゃーん♡」

「なら別にいいや 」

「……(汗)」

バタン!(車の中に乗り込んでドア閉める音)


「よし! 全部積めたし! じゃあ、そろそろ出発しましょ? 夏巳 シートベルトは、ちゃんとしてね?」


「うーん」


夏夜子はバックミラーを片手で少し直し、白い靴を履いた右足でブレーキペダルを踏み。
車のエンジンスタートボタンを押してエンジンをかけた。ギアのパーキングをドライブに変え、アクセルを踏んで、車が動き始めると夏巳は手に持っていた玉子サンドを口に咥えて、慌ててシートベルトをつける。


夏夜子はゆっくりと車を動かしていく。マンション敷地内にある駐車場を車でそーっと出ると、2人の乗った青い車は走りだした。


長く住み慣れた都会の街並みに別れを告げて、向かう先は夏巳の祖父がいる田舎の実家。いざ新天地へ



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夏夜子の運転する車は二時間以上走り続けていた。運転席側の窓と後部座席の窓は、少しだけ車の窓ガラスが下げられてあり、窓の外から涼しい風が彼女の長い髪と白いリボンを揺らしている。

海沿いの高速道路に入ると潮風の匂いが車内に漂った。夏巳は窓から見える、海の景色に目も暮れず自分の持って来たゲーム機で遊んでいた。

今朝見た怖い夢のことも「嫌な夢だったなぁ」と思うくらいで見た夢の内容はもう殆ど忘れかけていた、そんな夏巳の姿を夏夜子は横目でチラリと見る。

夏巳は持って来たゲーム機に今にも顔を突っ込みそうな姿勢で、次々と現れるゲームの敵キャラクターを夢中で倒しては次々と新しいステージをクリアしていた。

怖い夢を見た日や嫌なことがあった日はいつもこうしてゲームに没頭する、そうすると嫌な気分も少し晴れるからだ。

マンションを出てから、二時間も一緒に車に乗っているのに、親と子供のまともな会話は無く。

隣でずっとゲームをしている、自分の息子のそんな姿を見ると夏夜子は少しだけ悲しくなった。


「夏巳? 今朝はまた嫌な夢でも見たの?」夏夜子は思いきって自分から夏巳に話かけた。

嫌なことがあるといつもゲーム機に齧り付く癖のある息子のことを母である彼女は、一番よくわかっていたからだ。


「もう忘れたから……」


夏巳はゲーム機のボタンを連打しながら、薄い返事返すと夏夜子はその返事をなんとか会話に繋げようとした。


「そっかぁ。ならよかった! 先週、学校でいろいろあったから夏巳きっと疲れてるのよ。 だから最近 嫌な夢見ちゃうんじゃないかな?」


「……」


「そう言えば! お母さんが子供の頃 怖い夢や嫌な夢見た時に、お父さんがよく言ってたの! 疲れた人の所へ突然現れて、人に怖い夢や嫌な夢を見させる ちょっと変わった妖怪がいるって」


「嫌な夢を見せる妖怪? 何それ。そんな夢なんか見せて何の意味があるの?」夏巳はゲームのデータをセーブをしながら夏夜子に聞いた。


「その妖怪の見せる夢に、意味なんかないんだって、人が魘される姿をこっそり見て、面白がってるだけだから怖い夢や嫌な夢を見たとしても、気にしなくて良いって」


「ふーん」


──神様 仏様 幽霊に妖怪。


夏夜子の父は寺の和尚で、夏巳が保育園の時から、そういう話を楽しそうに話して聞かせていた。


「夏巳。お爺ちゃんの家に着いたら気持ちが落ち着くまで、しばらく学校には行かなくて良いから、ゲームばかりしないで、たまにはお外で遊ぼうね? せっかくスケボーも持ってきたんだから」


「1人で遊んでも、あんまり面白くないけどね」


夏巳の返す言葉はある程度予想していたが、冷たい声色で言われると夏夜子は少し落ち込んだ。


そんな母親の困っている姿を見て、夏巳は黙ってゲーム機のスイッチを切り足元に置いていたリュックサックを引き上げ、ゲーム機をリュックのポケットにしまった。


車は山道に入り坂道をぐんぐん進んでいった、山奥の暗くて長い長いトンネルに入ると、夏巳は急に胸の辺りがむかむかするような不快感に襲われた。


「ゔぅッ!」


夏巳は突然顔が真っ青になり両手で自分の口を強く抑えた!


「ん? 夏巳 どうしたの?」

「なんかオレ…… 」

「え?」

「ギ・モ・チ・ワルイ!」


「えぇーッ!?」

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