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スワロー亭のこと(4)魔法使い、あらわる
バリューブックスから最初の古本が届く2カ月余り前、“魔法使い”との邂逅があった。
魔法の杖をひと振りして、スワロー亭の誕生に王手をかけた人物。その名は、いしまるあきこさん。「建てたがらない」一級建築士である。
建築士の仕事は建物を建てること。でも、日本の建物事情を考えれば、これ以上新築物件を増やす必要はまったくない。それどころか年々空き物件が増えてさえいる。むしろリノベーションで空き物件を再生、活用することのほうがよほど実情に即している。ざっくりいうとそのような考えに基づいて、いしまるさんは新築ではなく、既存建築の利活用のために講演やワークショップをかさね、考え方や手法を広めながら、自らも積極的にリノベ物件を手がけておられる。
そのいしまるあきこさんが、ちょうどこの時期に小布施を訪れていた。
2015年2月13日、町立図書館「まちとしょテラソ」にて「セルフリノベのすすめ」と題する講演会。ついで同年3月27日、ふたたびテラソにいしまるさんがやってきた。「まちづくり大学」と題した連続講座の1回に、「住み開き」の提唱者として知られるアサダワタルさんとともに登壇されたのだ。
このまちづくり大学に、燕游舎の2名も聴講参加した。そして講義終了後、スススススといしまるさんに近づき(奥田の得意技である)、自宅の現状を伝えた。講義を終えたばかりでお疲れもあろうかと思われたいしまるさんだが、とても気さくに話に応じ、最後に「今日は小布施に泊まるから、明日建物を見にいきますね」といってくださった。
うわー。いわばリノベのプロが。うちの建物を見にきてくださる。
話がうますぎてぼんやりしてしまった。
あれは「ごあいさつ」だったのかもしれない。もしもいしまるさんがこられなくても、それはそういうことなんだろう。
しかしとにかく家を掃除して、近所のおいしいケーキ屋さんでケーキを買って、そわそわといしまるさんを待った。
いしまるさんはその言のとおり、うちを訪ねてくださった。なんだかもう、それだけで気持ちはあらかた満たされていた。
ひとまず上がっていただき、ケーキとお茶を囲んでコトの経緯や自分たちの思いを伝えた。
話を聞くいしまるさんの姿はすごかった。こちらがなにか言葉を発しようとする気配をほんのすこしだけ先にとらえて、グッと言葉を迎えにきてくださる。「ああ、今、この人は自分の話を聞くことに全力をかたむけてくださっている」。しみじみとそう感じる聞き方。いしまるさんの「気」に、全身が包まれているような心地がした。
ケーキを食べ終わって、店舗スペースを見ていただいた。
入口ドアの鍵は、使われない期間が長かったためだろう、錆びついたのかどうか、開閉できなくなっていた。この鍵だけは、なににせよ新しくしなければどうにもならない。このことを言い添えつつ、いしまるさんに店舗スペースを案内。構造や壁紙や建具のようすをひとつひとつ丹念にチェックしながら、その四角い場所をぐるりと回ると、いしまるさんはおっしゃった。
「建物はそのまま使えそうだから、入口ドアの鍵を交換するだけで店ができますね。」
えええええ!
壁をどうする、設備をああする、床をこうする、とさんざん二人でいい合って、結論にたどり着かずに悶々としていたこの場所が、「入口ドアの鍵を交換するだけで」、店になる!
いしまるさんの言葉には、強さがあった。あまたの現場を踏み、一件一件のクライアントの希望に解を出しつづけ、発想やノウハウを積み上げてきた人だけが身にまとうことのできる、説得力というか、相手をその気にさせる力があった。押しも引きもせず、ただ平らかに確信を伝えてくださった。
できるんだ。鍵を交換するだけで。
拍子抜けするほど簡単な結論だった。
いや拍子抜けというよりも、あのひとことで、肩の力がほどよく抜けたのだ。
“いしまるマジック”にかかった瞬間だった。
いしまるさんのひとことを支えに、ようやくスワロー亭は胎動を始めた。
(燕游舎・中島)