戦うな、避けろ。「さっと身を引く」処世術
好きなことをして生きていく。
好きなものにだけ囲まれて生きていく。
その為に必要な事としては、「好きではないものは避ける」という考え方だ。
生まれた瞬間に周りにあるものが、好きなもので整備され尽くしているということは殆どない。
親が理想通りということはないだろうし、家族や住んでいる地域の人たちが、自分の与えて欲しいものを持っているとは限らない。
そうなってくると自分で環境整備が必要になる。
欲しいものを集めていくことは必要であるが、不要なものを捨てていく事も必要だ。
特にそれが物でなく人の場合、色々な方法があると思うが、私は「静かに遠ざかる」という方法が良いと思う。
「ぶつかり合って折衷案を模索する」、「自分の考えを主張し続ける」
これらも時として必要で、特に長く付き合う必要のある人には初期段階は有効かと思う。
しかし、私は「他人を変えることは難しい」という立場なので、その段階は早々に諦める。
私も大いに経験があるが、他人を思い通りに動かそう(動いて欲しい)と考えると、その分、精神が不安定になりがちだ。相手に感情の主導権を握られるからである。
私は今、「寿司を食べたい」と思っているが、この気持ちを他人が変えることは容易ではないと思う。それに、私にとってもこの気持ちを他人に曲げられるのは苦痛だ。「余計なお世話」と思う。
真面目な人ほど、全てに関与しなくては、と考える。半ばお節介を焼いてしまう。相手をより良い方向に持っていく事が、自分の使命と感じてしまう人もいる。
でも、相手からしてそれは傍迷惑な事が多く、変える方も変えられる方も大きなエネルギーを要する。
相手も、合わないなら避けたいと思っているだろうに、正面から向かってこられると「うわ」と思うだろう。
他人は変えられる、という前提に立ってしまうと、一気に生きにくくなる。
他人は変えられない、という諦めに立つと、急に他人がどうでも良くなる。
もちろん、自分に利害が発生する場合、時として戦わなくてはならない時もくる。正面突破で戦ったり、戦術を立てる事もあるだろう。大事なものを守る為の戦いもある。
ただ、全てにおいて戦うのは無理だし、結局戦いで人生が終わってしまう事もあるので、「戦わない戦い」をいかに多く見極めるかはとても大事かと思う。
本来不要な事に、自分の精神と時間を消耗してしまうのは非常にもったいない。
私はのんびりしたい性格なので、争いをできるだけ少なくしている。
現状、それで困った事にはなっていない。
これだけ物や人が溢れていれば、合わないのは当然。合わないと感じるのであれば、静かにそっと道を譲るのもより良く生きるコツなのではないかと思う。
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