コクテイル書房 図解(二階編)
コクテイル書房(一階編)はこちらhttps://note.mu/enyahonami/n/n2669a8a8cd76
コクテイル書房を開く以前、店主の狩野さんは神保町の洋書店で働いていた。元々、輸入の仕事に就きたいと考えていた狩野さんは、通関士の資格を取ろうと資格学校のある神保町に向かったところ、たまたま洋書店の販売員の募集を目にしたそうだ。当時から本が好きだったため店主に声をかけてみたら、海外から本を直接買い付けているので通関士の資格を持とうとしているなら大歓迎!と即決。実は、洋書の買い付けに通関士の資格は必要なかったのだが、この偶然の出会いが狩野さんの人生に大きな影響を与えた。
洋書店で書店員として働き、”読み手”から”売り手”という異なる視点で本に接するにつれ「本は共有するもの」と感じるようになった。希少な本を買い溜めるコレクターがいるが、本はあの世へは持っていけない。それなら、本を共有して多くの人が読む方が、本にとっても作者にとっても幸せなことと考えたそうだ。だからこそ洋書店が閉店する事になった1998年、狩野さんは友人が住んでいて土地勘のあった国立市に古書店のコクテイル書房を開いた。当初は飲食は行わずシンプルな古本屋だったが、営業を続けていくと、他に居場所がなさそうな人が集まって来たり、詩人がイベントを行うなど、空間として面白くなっていった。そうして、開店して半年経つ頃には、近隣の学生たちが溜まって酒盛りをするようになったため、改装して酒場を併設し、本と居酒屋が入り混じるような今のようなスタイルが確立された。国立で始まったコクテイルは、その後、上京して最初に住んだ町である高円寺に移転。高円寺北の飲み屋横丁、高円寺あづま通りを経て、現在の場所に落ち着いた。
現在のコクテイルの建物は大正時代に建てられた古民家。コクテイルが入る前は韓国料理店で、その前は肉屋。手前に店舗、奥に住居という住居兼店舗の形式だった。始めた当初はほぼスケルトンだったため、彫刻をしている友人と、4ヶ月かけて自ら内装工事を行なった。工事にあたり、コクテイルの前店舗で出た廃材や、近隣の中華料理店の廃材などを再利用している。例えば、バーカウンターの面は近くの中華料理店の梁部分を、立ち上がりには前コクテイルの雨戸が使われている。
一方で、肉を吊り下げるのに使っていたフックが梁上部に残されていて、建築を通して様々な時代の記憶が渾然としているのだ。スケルトンから始めたため今よりシンプルな空間だったが、お店の雰囲気に合うだろうと色んな人が火鉢のような味のある調度品を差し入れるようになり、レトロ感漂う雑貨に囲まれた今のコクテイルが作り上げられた。
「コクテイルが本を読むきっかけの場になってほしい」と狩野さんは話す。酒場と古本屋を兼ね備えたのも、文学サワーや文学ポテサラなどの料理も「本に触れるタネを蒔く」試みだそうだ。4~5年前から始めている「まちのほんだな」もその一つ。格子窓の外に置かれる小さな本棚で、まちのほんだなは実施されている。読まなくなった本を小さな本棚に置き、代わりに好きな本を本棚から持っていって良いのだ。そこに金銭のやり取りは一切ない。本を渡し、本をもらう。シンプルな本の交換場所だ。この試みを始めたのは、狩野さんに子供が産まれたとき。成長につれ、子供が読める本はどんどん変わっていく。しかしその都度新しい本を買うのはお金がかかり、だんだんと億劫に感じてしまったそうだ。だからこそ、子供達や、お金に困る若者にも、本を気軽に読んでもらいたいと思い、この本棚をスタートさせた。最初は狩野さんが用意した本を置き、時間とともに本棚の中身は変わっていったが、自然に任せているとだんだんと図書館の廃棄本や汚すぎる本が増え、”本棚がくすんでいく”ように感じた。この経験から、まちのほんだなに対しては"畑の手入れをするように"管理をすることも大事だと感じ、今度は手入れを続けながら、路地沿いの大きな本棚でもまちのほんだなを展開させるそうだ。
定期的に本を差し替えるため、コクテイル二階の本棚にはストック用の本を貯めていくそうだ。酒場として賑わいのある一階から、靴を脱ぎ、ギシリと音を立てる木製の階段を登っていくと、磨りガラスの窓から緩やかな光が差し込み、畳張りでなぜだか懐かしさを感じられる空間が広がっている。大きな本棚は大小の本でびっしりで埋められ、窓の上、壁の上、床にも本が山と積んであり、一階以上に本に埋もれる空間が作り上げられている。二階は、子供の書道教室や読書会などの集まりのために使われているそうだ。一階が本の世界に触れるきっかけのような場とするなら、二階は本の世界を共有する場だ。今後、まちのほんだなのストックとして棚を活用させていく上で、その使い方はどんどん膨らんでいく予定という。
狩野さんには、なぜここまで本への思いがあるのだろう。狩野さんに本との出会いについて尋ねてみると、幼い頃の話にまで遡った。幼い頃、意外にも狩野さんは落ち着きのない子供だったという。それを見かねた母親がこれでも読みなさいと渡したのが『ビルマの竪琴』。そこで面白い!!!と感じ、本の世界へ、、、というわけではなく『ビルマの竪琴』はなかなかに暗い内容。しかし、そこで本という世界を知り、そこから様々な本に触れるようになったそうだ。自分が些細なきっかけから本を知ったからこそ、本に出会えるタネをこのコクテイルに蒔いていきたいのだ。また、古書を扱うことやまちのほんだなという仕組みを考えたのには、紙の本に触れて欲しいという思いもある。タブレット化が進み、小学校でも電子媒体を使うようになったが、紙の本ならではの良さは変わらない。狩野さんは、紙の本を触るとき、安らかな気持ちになるそうだ。それはコクテイルを続けるうちに感じるようになったそうだが、本に囲まれている空間は居心地の良さを感じられるし、この酒場で今まで喧嘩のようなことは起こったことがない。「本のある空間だと動物性を発揮できないのです」。タブレット化が進む今だからこそ、コクテイルでは紙の本に触れて安らかな気持ちになって欲しいのだ。
コクテイルの記事を書き始めてから、取材に関係なく度々店を訪れるようになってしまった。そこでお酒を飲んだ後は、本を買って帰ることも少なくない。最近では文学サワー以外にもメニューが増え、文学カレーや、文学ステーキ、文学唐揚げまで随分と文学シリーズが増えていた。さらに、商店街側は格子窓がはめ込まれていたが、ガラス張りの出入り口に変わっており、ぐっとオープンな雰囲気に変化していた。
本に触れ、本を感じ、本を渡し合う、そんな空間を作り出し、さらに変化を続けているのは狩野さんの本に対する深い愛情からだと思う。感情をあまり表に出さず、冷静で慎重な狩野さんは直接的な愛を語らないが、その場に訪れ、狩野さんの試みや話を伺うたび、その愛情の大きさや深さに触れ、それがこのコクテイルという場を作り上げているのだと、胸を動かされる。今後もコクテイル は歩みを続けていく。その狩野さんの愛情の一端を、絵に描けることができて、本当に誇らしく感じている。
コクテイル書房
〒166-0002
東京都杉並区高円寺北3丁目8-13
03-3310-8130
昼営業 11:30~15:00(火水休)
夜営業 18:00~23:00(無休)
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