教育は一期一会
そこまで簡単ではない仕事
私は業務委託としてベンチャー企業でSEの仕事をしている。
主な業務内容は、その会社のWebツールを他の外部ツール(たとえばYouTube,とか、LINE、とか)と連携できるかどうかをその外部ツールのSDKやAPIのドキュメントから調査し、実際にスクリプトを書いて技術検証しつつ、具体的な企画内容を考えて社内調整し、推進する、というものだ。
それってすごい高度なお仕事ってわけじゃないけど、そこまで簡単な仕事じゃない。
中途採用されたひとは
同じ職種に正社員が採用された。
30代の中途採用、女性。素直そうな雰囲気の美人。
この人が、全く何もできない。
会話では言われたことをオウム返し。
ドキュメントを作れと言われればコピペ。
システムの調査を依頼されればChatGPTをコピペ。
『システムの仕事未経験だよね?会社はどういう考えなんだろうか』
業務委託という立場からは出過ぎたことだというのは承知の上だが、ベンチャー企業という層の薄さ人材不足という成り行き上彼女の教育係をしている私の頭の中は、疑問符でいっぱい。
採用面接のウソと真実
採用担当者に探りを入れたところ、
「プロジェクトマネージメントもプログラミングも経験あるって言っていた」
って。
えーっ!
教育の時間にごく簡単なJavaScriptの解析させたら
for文のカウンターの意味もわからず、
「この行の条件を満たしたら、次に実行される行は?」
っていう質問にも答えられなかったよ。
これは「料理ができます」と言って、ガスの火がつけられないとか、包丁という道具のどこでものが切れるのかわからないといったレベルだ。
『絶対に、実務経験ない。』
私は思った。
面接は婚活と同じで化かし合いなのかもしれないが、
だとしても問題は、彼女が面接でついた嘘を回収しようという気もさらさらない、ということだ。
本当の志望動機
ちょっとプログラミングの勉強をしておこう、と思ったら、
for文のループ処理なんて、入門に必ず出てくるものなんだから、
20時間くらい自分のPCでコツコツテキスト通りにやっていけば
簡単に「ちょっとかじってました」程度のことはできるのだ。
それをやらないで表面的な対応をしている様子を見ると、今やっている仕事は彼女にとって別にやりたいことじゃないのかなって思う。
そして、長く続ける気もないということなのかなって。
「この会社はフルリモート勤務ってところが気に入りました」
と、彼女は無邪気に言っていた。
本当の志望動機の入口が『フルリモート勤務』なのだと考えると、彼女の言動や能力に納得がいく。
もしかしたら30代半ばになるまでずっとこの調子で世の中を渡って来て、あまり経験と言える経験を積まないまま転職を繰り返しているのかもしれない。他にもっと楽なフルリモートの仕事があればまた転職するのかもしれない。
これは誰にも言えない『業務委託は見た』だ。
欲しい人材
彼女をきっかけに、改めてこの仕事に必要なスキルを考えてみた。
まず、プログラミングとアーキテクトの知識。レベルは通り一遍のもので構わない(キレッキレのプログラマーやゴリッゴリのアーキテクターは必要ない)のだが、実務経験に根差しているというのがなによりも大切である。
あるシステムをあるシステムとためしに繋げてみる、というのは一筋縄ではいかないものなのだ。
そして、次に、企画力とプロジェクトマネージメント能力が求められる。
言語化や図形化などの表現力も大事だ。
採用がうまくいかない理由
なぜそういった人材が採用できないのかというと、
いろんな理由があるとは思うが一番の理由は、
報酬が安いからである。
私は『勉強になるから』あるいは『採用時に抗がん剤治療をしていてパフォーマンスを出せていなかったから』、という理由でこの仕事をうけているけれど、今現在他の会社からもらっているお金より、はっきり言って何割か単価が低い。
世の中、金額の設定はとても大事だ。
もちろん、業務委託としてそれを口にするのは無謀すぎる。
そもそも『そこまで価値がない』と思っている人に『自分の価値を認めさせよう』と躍起になるのは愚の骨頂、待遇に不満があるとアピールするのは自分の昇ってきた梯子に火を放つようなものなのだ。
認めてほしければ別の場所を見つければいい。能力があるなら簡単なことだ。私は今までそうやってきた。
もしくは、たとえば今の私がこのベンチャー企業に対して思っているように、勉強になるとか一緒に働きたい人がいるとかそういったメリットを感じているのなら、単価や仕事を決める立場の人が別の人になるまで、自分の仕事をして辛抱強くそしておとなしく待つこともひとつの方法だと思う。
まあ、業務委託と社員という立場の違いはあっても、しょせん同じ『使われる側』という立場だと考えれば、求職という仁義なき戦いで採用側に本音を言うのは難しいのは業務委託も社員も同じことだろう。
私の場合、さすがに経歴をごまかすことはしない。そもそも十分な経歴があるわけだし、年齢的にアシスタントのような仕事はなく、ある程度の責任を求められてしまうので、万が一マッチしない仕事にアサインされたら地獄を見るのは自分である。
でもまあ、本当に思っていることを何でも言うってわけにはいかない。
美人の損得
彼女を採用したのは男性で、『美人だからっていうスケベ心で採用したんだろう』、『お嫁さん候補か?』って、もっぱらの噂だが…
まあ、そんなことは私にはわからない。
私が入った頃も、美人でもなくおばさんである私にも彼は優しかったし随分ちやほやしてくれた、という記憶を辿ると、そんな悪いつもりはないんだろうなと思う。。
それにしても、そういう噂を聞くと、美人って得なのか損なのか、結局とんとんなんだろうなと思う。もしかしたら損の方が多いかもしれない。
私は30年近いキャリアがあって、もう押しも押されもしない。職場で好きな男性がいるわけでもない。
美人の足を引っ張る必要が、全くない。
そのことは、時に、私にものすごい価値を感じさせる。
年を重ねることの価値を。
一期一会
さて一方で、彼女の教育係をしていることは、ある意味ラッキーなことなのだと私は捉えている。
もし私が彼女の役に立てば、(彼女がこの会社に何年かいるという前提だけれど)、今後仕事をもらうときに有利になるし、彼女の教育に思い悩んでいる他の社員からも感謝される。
実際、いろんな現場で見てきたけれど、20年も30年も同じ現場にいる業務委託の人は、今のリーダーとか課長とかが新人の時に一から手ほどきをした人だったりして、相当の信頼関係でつながっているなぁと感じる。
だからこの件に関して、自分の置かれた立場に不満はないし、
そもそも若い人への教育って
一期一会
だと思ってやるしかないんじゃないかな、と私は思うのだ。
つまり、『この前言ったのにできるようになっていない』とか、
『この先こういうことができないと困る』とか、
そういった成長の進捗に対する評価は、教育には不要だ、ということである。
もっと言えば、有害ですらある。
わからないことを教えてやればいいし、
できていないことを指摘してやればいいし、
わかれば褒め、できれば褒める。
前言ったことができなければ、もう一度新しく、初めてのように言ってやればいい。
教えた、ということは教えた側は忘れてやるのが一番良いのだ。
つまりそれは、会社が教える側の人を(社員のOJTとかメンターといった制度のような)評価の対象にしないほうが、結局は教育の効果が高く、また、教育を受ける側の精神的な負担も少ないのではないか、という考え方である。
そういった形で関われるのは私が業務委託だからだろう。本来やるべきことではないからこそ、そういった形での関わりにならざるを得ないし、逆に、そういった形だけの関わりで良いということになる。
一期一会。
彼女はこれからどうなっていくのだろう。
私の考えは正しかったのか、まちがっていたのか。いつかまた報告したいと思っている。