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赤ちゃんの存在感から学ぶ。大人の存在感

おはようございます。子育てを応援する楽しくたのしく遊ぶichigoです。

赤ちゃんに見つめられると、全てを明け渡してるような気持ちになるのは、私だけでしょうか??
なんか、全部丸見えなんだろうなぁ〜って。
意味わかんないですけど、すっごい幸せな感覚です。

今日は、赤ちゃんの存在感の話。

赤ちゃんの存在感

私は、15年保育士をしているで10年間は、幼児保育をしてました。
乳児さんは、ちょっと怖かったんです。

何が??
言葉のやりとりがないから、不安でした。
そして、何にもできない存在なのに、存在が大きすぎる感じがあるんです。

でも、保育士10年目くらいの・・・
保育でとことん行き詰まった時、週2回乳児保育に関わる時間ができました。

0歳児さんと関わった時、全てを赦されている感じ。
存在しているだけで0歳児さんは、周りも自分にも価値を与えている。
そんな気がしたのです。そして、乳幼児保育の深さを知る。(言葉でいうと軽くなってしまうのですが・・・)

0歳児の発達の本では、
『僕、だれかしらない。でも、ぼくいる』という、すごくすごくいあまいな世界から始まってる0歳児。

世界との境界線も、お父さんおかぁさんはじめ、養育者さんとの境界線も感じつことができない。というか、知らない。
そんな世界からスタートしています。(保育園に通う出だす頃は、少しだけ感じる力だ増えます)

存在感しかない赤ちゃんが、泣き出すと、ますますの存在感です。
可愛らしく泣く声も、体が大きくなるにつれて、どんどん泣き声も大きくなるわけですし、=ほっとけない存在ですね。

一番近くにいる人(養育者)は、泣き声で何を訴えているのかわかったりします。
そして、0歳児は、周りで鳴き声がする、一緒に泣いているということも起こります。

専門書では、「泣き」介して、社会の一員になることをしていると書いてあります。
言葉のない赤ちゃんは、存在感と泣く という行動をもって、社会に自分をしっかり感じさせる術を持っているということのように思います。

あれ??私たち大人は??

私たち大人はどうでしょうか??かつて、私たちは、こういう力を誰かに教わることはなく、存在していました。そして、確実に愛されていたはずです。

でも、何か教われば教わるだけ、大きくなればなるだけ、不安や心配に心が揺れる時間が多くなりましたし、表現することもなくなり、つながると自分の世界を邪魔されたりすることにも気付いて、関わりたくない いう感情も生まれるようになりました。

でもそれを心の専門家惣士郎さんは、
『天然から自然(ジネン)』
という言葉で語っています。

初めは、『天然』でできていた。
途中『複雑』を経由して『自然(ジネン)』になっていくの
です。

選べるように、自分で意識的にできるようになっていくのですね。

畑に師匠が自然薯を育てていて・・・。
それがのツルを見たときに、これこそ複雑だなぁーと思いました。
写真がないので、このページをちらっと見てね。

複雑になっていたら、きっとそれこそ正解なんですね。

悩む、ややこしい、めんどくさい、嫌だ、苦しい、悲しい、辛い。
書いてるだけでも、少し切なくなる感じがありますが、
それを体感してるからこそ、
「今」気付いたら変われるし、選べるのです。

それが、大人になっている ということなのかもしれないですね。

複雑な感情になっていい。
ぐちゃぐちゃだからこそ、根っこは、力強くなるのです!
美味しくなるのです。

今のあなたが、そこに存在していることは、本当に素晴らしいことなのです。
かつて、赤ちゃんだった。子ども出身だからこそ・・・
大丈夫なんです。

実は、強烈な存在感を放ってしまっていること、自覚してね。
みんなが自覚すれば、もっと子どもも大人も楽しく遊べる。
そんな気がします!

赤ちゃんから学ぶ、本来の存在感、表現力でした。

新しい朝は、素晴らしい朝。
今日も世界へ遊びに行こう!
いってらっしゃーい!!また明日。


そんな私が開催する心コンシェルジュ教室『ichigoichie』は、7月20日スタートです。
自分の変化を愛おしみ、自分ももっと大好きになる。
(自分のこと大好きってなに??マジでくだらん!と思っていた私だからできること)

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