役に立たないことが役立つ時代へ
こんにちは。
りょうです。
今日は少し哲学っぽい話をしようと思います。
テーマは「役に立たないこと」について。
みなさんは「役に立たない。」という言葉を聞いて何を感じますか?
おそらく、ネガティブなイメージをする方が多いのではないでしょうか?
僕もそう感じるタイプなので、気持ちはわかります。
ただ、この記事のタイトルでも言っているように、これからの時代は役に立たないことの方が大切になってくるのではないかなと考えています。
なぜなら、役立つものは既にありふれていて、これから先も勝手に増えていくからです。
ぼくはこれまでの教育で「役立つことをしなさい」と教えられてきました。
そのおかげで感謝されたり、収入につながったりとメリットも沢山あるため、その考え方や教えを否定するつもりはありません。
しかし、その教えによる弊害に目を向けたことはありますか?
ぼくはこの教えによって1つ、ある重大な問題があると考えています。
それは、利己的な価値観の消滅です。
世の中には利他的な価値観を布教する本やセミナー、教材が増えています。
しかし、過度な布教によって個人が本来持つ主観的な判断や、将来の夢に向けた情熱が奪われている可能性があると感じます。
書店に行くと、
「やりたいことの見つけ方」
「才能の見つけ方」
という本が置かれているのを見かけます。
そしてそれがベストセラーになるほど売れているんです。
つまり、それだけ将来や自分のことについて悩んでいて、
自分のことが全く分からなくなっているということの証だと僕は思うんです。
だからこれからの時代は
「役立たないこと」に焦点を向ける
ことがかなり重要な意味を持つようになるのではないかと考えます。
なぜなら、役立たないことを考える時、人は完全に利他的な視点を排除することになるからです。
少し過激な考え方になるため、賛否両論はありそうです。
しかし、利他的な視点を排除したとき、人は本来の自分に還れるのではないかと思います。
そして、それが新しいアイデアをうみ、世の中に輩出されていく。
結果、人の役に立っている。
といった循環になっていくのではないかと思います。
「役に立たないことが役に立つ時代へ」
あなたも是非、この記事を読んだあと1週間は逆に人の役に立たないことに視点を向けた生活を逆にしてみてください。
人によれば心が軽くなったり、自分のことをちゃんと見つめられたり、結果として本当にやってみたかったことを思い出した。
ということが起こりうるのではと期待しています。
こんな感じで、今後も自分の考えを書いていきますが、
役に立つか役に立たないかは読者によって違うので考えないようにする予定です。
興味がある方だけ読んでもらい、何か素敵な気づきを得て帰ってもらえれば幸いです。
それではまた。