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発信を始めて得た気づき

僕はnoteを始め、stand fmやXなどのSNSでの発信活動を2日前から開始した。

今まで色んな発信者を視聴者側で見てきて、こんなこと簡単にできるだろ。なんて、そこら辺にいるコメント欄の人たちと同じような事を思っていた。

しかし、いざ発信活動を始めてみると、思っていた以上に体系立ててまとめて話す事が上手くいかなかったり、逆にやってみることで気づきを得られた事があったり、行動してみる事で結果的に方向性が定まり実現したい未来が作られていくんだなって実感が湧いてきた。

何事もアウトプット前提のインプットの方が獲得する情報の濃さが格段に違ってくる。仕事や趣味に間違いなくリンクするし、意図してやらずとも、何かしらに複利として働いてくるなという実感があった。

これは、発信活動や何かにおいて主体的に表現する事で得ることのできる学びだと思う。大事なのは主体的にということだ。

本質的に言いたいことは、発信活動をした方がいいということではなく、自らが表現したい事を主体的に始めることで、今まで動いていなかったギアが動き出し、隣のギアと噛み合い周り出すことでより大きく全体的に広がっていく。故に、やりたいことが見つからない人や曖昧な人にとって、主体的に表現活動を始めてみることで、自身のキャリアだけでなくプライベートでの人との関わりにも、間違いなくつながるのだ。

正解も不正解もない。経験することから得られる一次的な情報こそに物凄く偉大な価値があるのだ。その情報をまた誰かに分かち合っていくことで広がっていく。自らが能動的に拾いに行って地肉にし、表現するのだ。それ自体が人の心を動かすエネルギーになるし、やりたいけど何か曖昧だ。という曖昧さをクリアなものとして、思いもよらぬ展開を作っていくきっかけになるのだ。

だから見えなくても分からなくてもいい。むしろそれはチャンスだし、未来の自分からしたらありがたいこと。そんな楽しい機会は将来の自分は欲しくても今すぐ手に入らないくらい貴重なものだろう。存分に楽しんで楽しいも不安も恐れも受容し、しなやかに進んでいくのだ。

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