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カイコ

カブフェス2024にて公演した一人芝居用の台本です。

電話をしている中年の男。相手はバイト先らしい。


男 はい…はい…わかりました。
  はい。いえ…。
  では、はいありがとうございました。

電話を切って投げ捨てる。
頭を抱えながら、座り込む。
一度鼻をかんで、
そのままティッシュの端を口に含んで噛む。やがて、スマホを持ち自撮りを始める。

男 あー、これは…Vログというか、
  所謂遺書ってやつ。
  あ、でも別に今から死ぬとか
  そういうんじゃない。
  俺たぶんそのうちのたれ死ぬから、
  先に残しておこうと思って、
  俺のことを誰も知らないままなのは。
  さすがに…

  さっき、またバイトをクビになった。
  今年で3つ目だ。

  人ができることが、俺にはできない。
  ちゃんと働いてた時期だってあった。
  人並みに給料もらって、
  自分なりに真面目にやってる
  つもりだった。

  なんでもそうだ。
  最初のころはやる気もあるし、
  気も張ってるし、
  何なら何でもうまくいくような気がして
  テンションが上がる。

  でもだんだん慣れてくると、
  雑になって、失敗が多くなって、
  取り返しがつかなくなる。

  人と同じ時間に動けないし、
  3つ以上の仕事を振られると、
  動けなくなる。

  私生活だって、公共料金の支払いも、
  部屋の掃除も、毎日の自炊も…
  他の連中がどうやってこなしてるのか
  わからない。

  3年前、小さい違反が積み重なって、
  免停になった。
  案の定違反者講習ってのに行けなくて、
  車に乗れない期間があった。

  でも仕事で運転しないわけには
  いかない…一か月ならと思って、
  こっそり乗ってた。
  はじめは緊張したけど、
  そのうち慣れた。
  免停明けの二日前、
  いつもどおり家を出て、
  すぐ先の交差点で、
  待ち伏せしていた警察に捕まった。
  当然会社は解雇された。
  本体なら懲戒解雇にあたるが、
  反省の姿勢があるため、諭旨解雇。
  再就職はやりやすい…
  でも、結局はバイトしか無理だった。

  先輩から介護職とか紹介されたけど、
  俺には無理だよ。
  責任を抱えて生きることに疲れた。

  別に、金に困ってるわけじゃない。
  贅沢には興味ないし、
  遊んだりも特にしない。
  でも、いつも何かうまくいかない。
  そうすると、それが当たり前に
  なってくる。

  俺は、俺が嫌いだ。だって汚いから。
  頭が悪いから。空気が読めないから。

  でも、気は使ているつもりです。
  いつも汗拭きシートは持ってるし、
  一日何度も体は拭いてる。
  もちろん風呂だってちゃんと
  入ってるし、人と話すときは、
  ミンティアを最低5粒は口に入れる…
  でも、それだけじゃ
  追いつかない気がしてしょうがない。

  毎週毎週100均で新しい下着と
  靴下を買ってるし…
  だってなくなるから。
  洗濯しても洗濯しても、新しくないと。  
  ダメな気がして。

  自分のなかからいつも汚いものが
  沸き立ってるような。

  でも、自分で死のうとか
  そういうことは考えない。
  だって痛いの嫌だから。

  なんかこう…勝手に消えて
  なくなったりしないかな。
  最初から居なかったとかに
  ならないかな。そしたら…

スマホに見知らぬ番号から着信

男 …? なんだこの番号…あの…もしもし…。
  はい、佐竹文治は…僕ですが。
  ケアセンター…?
  いや、特に面接は受けて…
  はい、佐竹義春…はい、父です。


男 両親は、俺が8歳の時に離婚した。
  父が借金を抱えて、
  その責任が来ないようにするため
  だとかなんだとか母はかばっていたが、
  卒業式も、中学高校の入学式も、
  母の葬儀にも、現れなかった。
  何処で何をしていたのか、
  何も知らないし、
  今日までいないものと思ってた。

  だってあいつは、
  俺たちを置いて行ったんだ。

****

とあるケアセンター
車椅子に座り、虚空を観ている父。
男の手には、古びた日記帳

男 親父と過ごした最後の記憶は、
  地元の田舎に行ったとき。

  富山のさらに山奥で、昔は養蚕…
  つまり絹糸の生産が盛んだった。

  今は観光客用にしか作ってないらしい
  けど、絹を作るカイコガの幼虫とか
  蛹とか、子供の自分でもちょっと
  気持ち悪くてあまり好きじゃなかった。    
  カイコガは成虫になると、
  翔ぶこともできないし、食事もしない。

  ただ卵を産んで、たった一週間で死ぬ。

  完全に家畜化された生き物で、
  誰かに助けてもらわないと
  人生を全うする事さえできない。

  30年ぶりに再会した父は、
  まるであの時のカイコのようだった。

  車いすに座り、
  何処を見ているのかは解らない。
  一人では生きられないのに、
  ただ眼の光だけがキラキラしていて。

****

男 記憶喪失…? 期限の切れた身分証と、
  この本だけを持って?

男 親父は関西の方で日雇いをしながら
  暮らしていたらしいが、
  ある日給料を受け取らずに姿を消して、
  高速へ歩いて入ろうとしたところを、
  料金所の職員に保護されたそうだ。

  記憶喪失というより、
  アルツハイマー型認知症に近い状態で、
  自分の名前や過去のことは
  うまく認識できていないという。
  ただ、親父が大切に持っていた
  この本の内容にだけは、
  反応するのだという。

  えらく使い込んだ本だ…
  なんか後半は水吸って、
  くっついてるし。

男 それで、僕になにか…
  申し訳ありませんが、
  今引き取る余裕は無くて…それに…

  はい? 回顧法療法?


男 このケアセンターでは、回顧法、
  または回想法と呼ばれる治療を
  行っているそうだ。

  本人の子供のころの記憶や、
  昔話を一緒に体験してロールプレイ?
  をすることで、
  本来の記憶を蘇らせるらしい。


男 え? 僕がこの本でごっこ遊びを
  しろっていうんですか?
  いやでも…そりゃあ、
  他に家族も親戚もいませんけど…
  なんで…わかりました。
  やりますよ。やればいいんでしょう。


男 引き受けはした。
  でも、同情したからじゃない。
  親父には介護に関わる補助金が
  あてられる。
  それに、母は亡くなるまで
  ずっと親父に保険をかけてた。
  親父がもし不慮の事故なんかで
  死んだら…

男 どうせ、俺のことなんか
  わかりゃしない。
  どこにも行くところなんかないんだ。

  だったらいいよ。
  お前がどんな風に生きてきたか、
  見てやるよ。


本を開いて読む。


男『我は運命に導かれし、
  偉大なる勇者である。名前はまだない。』

 『この世界はめまぐるしく変化し、
  私の人生は恐ろしい怪物に
  支配されてしまった』
 『だが恐れるな。我はこの怪物と戦い、
  必ずや栄光ある世界を手に入れようぞ』  
 『まずは純金をたたいた銀の剣で…』

男 (本を閉じる)なにこれ?
  なんだ勇者って?
  なんだこの絵本は! え?

「戸惑う出ない下男よ。長く険しい冒険も、知恵と工夫で乗り越えていくのだ。」

  下男? 俺は下男なのか?
  占い師とか武器職人とか
  もっとあっただろう!

  しかもなんだここ…
  純金をたたいた銀の剣って、
  素材が変わってるよ!
  おまけに安くなってるよ!

「案ずるな」? 「武器は己の力を支えるものにすぎない」?

  ああそうかい。いいよもう、
  付き合えばいいんだろ!

男『今日、恐ろしい怪物が生まれた』
  …生まれたところからやるのかよ。
  『夜明けとともに大地をとどろかす
   叫び声』
  『私はその声を聴いたとたん、
   怪物の姿から目が離せなくなった』

  …あ、俺が怪物なのね?
  えー…えーっと、
  「勇者ー。怪物だあ!おおおお。
  ぎゃああ!ぐおお…」何か言えよ!
  ほら、戦ってください。
  勇者でしょ!戦ってください!

男『我は果敢に怪物に立ち向かった!
  だが、差し出した手は怪物に摑まれ、
  信じられないような力で
  握り返してきた!
  まるで全身を覆い隠さんほどの
  強力な力』

  …めちゃくちゃ弱いじゃんアンタ。

男『その瞬間、我は怪物の呪いに
  掛かってしまった。
  やつの叫び声を聴くだけで、
  我は自我を失い、
  どんな命令も聞いてしまう。
  危険だ。この世で最も恐ろしい存在に、
  我は出会ってしまった』 

  えー…いきなり全負けかよ。 
  呪いの言葉…? 
  えーっと…増税…!中性脂肪!
  尿酸値過多!あ、ダメージ食らってる!

男 『月日が流れた秋のこと』とんだな!
  『怪物は、ただ耳をつんざくような
  叫び声をあげるだけかと思いきや、
  恐ろしい呪文を唱えるようになった』
  『我の名を呼ばれただけで、
  なすすべもない、応えるほかない。
  これはもはや呪いといってもいい』

  なんで魔法使いとかいないんだよ。
  勇者と下男て絶対勝目ない
  組み合わせだろ。

男 『あれから多くの修業を積んだ。
  怪物の呪いの言葉にも理性を
  保って従うことができる』

  いや、従っちゃダメだろ。

  『ところが恐ろしいことが起きた。
  それまで地を這うばかりだった怪物は、
  ついに大地を踏みしめた。
  一歩歩くたびに地響きがとどろき、
  我のもとへと突撃してくる。
  どんな防御も通じない』


男 歩く…「どしーん…!どしーん…!ど…」
  痛って! なんか踏んだ!
  ああもう…やってられるか!

男 『我はまた負けてしまった。
  護るべきものの為なら、
  命など惜しくはないと思っていた』
  『しかし今や、自分の人生より
  大きな目標ができてしまった』
  『我はこの怪物に勝てる日が来るのか…
  それまでは、全てを投げ捨ててでも
  挑み続けなければ』


男 ……家族捨てて…人の人生から居なくなっ   
  て、そこまでしてやったことが
  怪物退治かよ。
  何して生きてきたんだよ。
  何考えて生きてきたんだよ。

  そんなに現実が嫌だったのか?
  こんなバカみたいなお話に
  逃げるくらい。応えろよ!

  ああそうか…俺、今怪物だもんな。
  アンタにとって、家族なんて、
  俺なんて厄介な怪物だったんだろ?

  だったら自分でちゃんと言えば
  いいじゃねえか!
  勇者になんかならないで!

男はあたりを見回す。
車椅子を階段の手前に移動させ、
下を覗き込む。

男 (本を開く)…勇者様…崖でございます。
  あなたは選ばれし勇敢な戦士。
  この剣を手にすれば、
  まるで翼が生えたように
  空へ自由に飛び立っていけるでしょう。

  …そんなに、そっちの世界が良いなら、
  飛んでみろよ。だから………

ページをめくる、
後半のページから数枚の写真が零れ落ちる。父がそれを拾い上げる。








父 (写真を手に取る)今日、恐ろしい怪物が
  生まれた。
  夜明けとともに大地をとどろかす
  叫び声。

赤ん坊の泣き声
写真には、生まれたばかりの赤ん坊


父 私はその声を聴いたとたん、
  怪物の姿から目が離せなくなった。
  差し出した手は怪物に摑まれ、
  信じられないような力で
  握り返してきた。
  まるで全身を覆い隠さんほどの
  強力な力。
  その瞬間、我は怪物の呪いに
  掛かってしまった。
  やつの叫び声を聴くだけで、
  我は自我を失い、
  どんな命令も聞いてしまう。


父 (別の写真を手に取る)怪物は、
  ただ耳をつんざくような叫び声を
  あげるだけかと思いきや、
  恐ろしい呪文を唱えるようになった。
  我の名を呼ばれただけで、
  なすすべもない、応えるほかない。

赤ん坊が初めて父を呼ぶ声

父 それまで地を這うばかりだった怪物は、
  ついに大地を踏みしめた。
  一歩歩くたびに地響きがとどろき、
  我のもとへと突撃してくる。
  どんな防御も通じない。

父 この怪物に勝てる日が来るのか…
  それまでは、全てを投げ捨ててでも
  挑み続けなければ。

父は、男の方を見る。

父  …ずっと、お前には勝てなかったな。



男 待てよ…ちょっと、待てよ………








男 待ってよ父ちゃん。


 






男 待ってよ父ちゃん…。
  俺のこと置いていかんでよ。
  まだ続きあるがやろ…?
  なぁ、まだ冒険しようよ!

  あとちょっとでいいから
  待っとってよ…!お願いやから…
  勇者でも良いから…
  俺、怪物でもいいから。


  まだ行かんでよ父ちゃん…!
  俺ちゃんとするから…


  ごめんなさい…!ごめんなさい…だから…


  待ってよ…


※※※※


翌日、車椅子に座る父と、
職員に挨拶をする男


男 ありがとうございました。
  また、来ますんで、
  父のことお願いします。
  ……また、いっしよに冒険しに来ます。

  …あのっ、ここの仕事って……
  いや、また改めて。それじゃあ。
父 …
男 え、何?

父は男に何か言う。 

男 ああ…。行ってきます。…勇者様。

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