朝日新聞の記事: ”次男からの「触んな!」に傷つく母 姜尚中さんの助言”は大いなる過ち
『次男からの「触んな!」に傷つく母 姜尚中さんの助言』という文章が朝日有料会員記事として掲載された。自分は姜尚中氏についてはそう詳しくはないものの、リベラル系ということもあり、日頃の発言に共感できることも多く、これまでかなり好感を抱きつつ注視してきたこともあった。だが、今回家人が「読んでみて」と薦めてきたのでこの記事に目を通して、その内容に呆れてしまった。これはどうしても反論せずにはいられなかった。この記事をこの相談者の当の息子が目にしないことを心底願う。
大学生の長男と高校生の次男がいるという二児のシングルマザーの悩み相談で、長男との関係はうまくいっているが、高校生の次男とは関係が良好でない。例えば、何か体についているものをとってあげようとしたら、嫌悪の顔で「触んな!」と言われたり、普段は無視して会話をしようとしない。「どうやって次男と接すればいいのか?」というのが相談の概要だ。姜尚中氏は色々と書いているが、その主たるアドバイスというのは、長男と次男は性格が違うし、別の異なる人格である。それぞれの個性に応じて母親に反応しているだけなので(概略としては)心配はない、というようなものだ。また母親の注意を引きたいから無理をしてぶっきらぼうな反応をしているのかもしれないとか、反抗心や独立心などというもので説明しようとしている。挙げ句の果てに、もう息子たちは独立していくのだから自分のために恋をすればいいのではないか?というような軽い親切心で締めくくる。
このアドバイスに共感する読者も多いのかもしれないが、自分はこれを読んで瞠目し、そして自分のいわゆる「反抗期」の頃をありありと思い出して震えさえも覚えた。この母親も姜氏もひとつのある重要なことを見逃している。彼らの想像力は、「次男が母親に対して何か具体的なことについて怒っているのかもしれない」という可能性に及ぶことがない。自分にはそれが非常に残念で仕方がない。ここで問題になっているのは、うまくいっている長男とは別人格であるとか何とか、そういう話ではなく、次男との絶望的なまでのコミュニケーション上の障害が〈何らかの理由で〉起きているということだ。中学生や高校生というのは、自分のやっていることについて無自覚であったり、幼児の「注意の要求」通りに本能的に振る舞っているだけ、などということはあり得ず、われわれ大人が想像している以上に合理的に振る舞っている。それは自分自身のことを思い出して自分の胸に手を当てて考えてみればわかることだ。かつては子供であった自分たち大人が自分の思春期の頃を思い出せない(思い出したくない)だけなのだ。
自分も中学生の時、2ヶ月近く全く両親と会話をせず(ことごとく親を無視して)過ごした経験がある。その時なぜ自分がそのように振る舞ったのかについては明瞭にその理由を思い出すことができる。もしあの時、母親が自分の体についたゴミをつまんで取り除こうなどとしたならば、手で振り払い「触るな!」と怒鳴りつけたであろう(そしてそうしたことを後悔もするであろう)。理由を話すのは少々気恥ずかしいが、自分のところにきたある女の子からのラブレターを母親が勝手に開いて見た、ということがあったからだ。母親は子供をマネージメントするつもりで(つまり親心で)息子のところに来たらしいラブレターを当然のようにチェックしたのであろうが、それは自分には許しがたい行為であったし、「私信はたとえ家族のものであっても勝手に見てはいけない」ということ(つまりは建前?)をかつて私に教えもした母親が自分からその規則を破ったことは残念以上のことであった。
また家人の知り合いの息子(当時高校生)が母親に怒って1年近く口をきかなかったことがあったという話を聞いたが、その時の理由は、母親が息子に相談せずに炊飯器を廃棄したことが理由であったらしい。その炊飯器を息子は気に入っていたのだが、そのことを母親は知らず、自分の意思で捨てても大丈夫だろうと思ってそれを行動に移したらしいが、それが失敗だったのだ。行動した当人にとってはつまらないことであったかもしれないが、それは息子にとっては重大事だったわけだ。このようなコミュニケーション上の障害と、親の独善によって親子の関係を損なうなどということは、親は気づかないのかもしれないが、起こりがちなことである。ここで母親がすべきなのは、「そんなにあの炊飯器を気に入っていたのは知らなかった。勝手に捨ててごめんね」と謝ることであろう。
したがって、自分が想像するに、この相談主の息子(次男)は、必ず何か具体的な理由があって母親を許せないと思っているに違いないのだ。どうしてそのような当たり前のことが母親も姜氏も想像ができないのか、理解に苦しむ。この母親に対してもっとも適切なアドバイスは、「次男と向き合ってきちんと話をせよ!」ということだ。しかも怒っている次男に対して、「あなたはどうやら私に対して怒っているが、何について怒っているのか、自分がどのような間違いをしたのか、私には正直分からないから教えて欲しい。もしあなたが怒っている理由がわかれば、それが単なる誤解なのか、あなたの言う通り確かに自分が悪いことをしたのかがわかるかもしれない」と説明を求めるべきなのだ。彼が全く何の合理的理由もなく、傍若無人に振る舞うであろうなどと思うべきではないのだ。私が親を無視して怒りを表明したのは、中学生の時だったが、この相談主の次男は高校生なのだ。もっと大人だ。おそらく驚くような理由を話すに違いないし、どうしてそれに自分が気付けなかったのか、母親は驚き、また自分を責めてしまうようなことかもしれない。
だが、そうやってきちんと向き合って、自分の過失なり思い込みを認めることができて、ちゃんと謝罪することができれば、きっと次男は母を許し、その後は正常な関係に戻ることができ、しかもきちんと自分に向き合ってくれた母親の尊敬を取り戻すことができるに違いないのだ。そのような二人のノーマルな大人の関係を取り戻すことなく、息子から目を逸らし、関心を外に向け、新たなパートナー探しなどに出掛けても、何ら関係が好転することなどないだろう。一生許して貰えないという最悪の事態さえも想定すべきだ。敬愛する姜尚中氏には申し訳ないが、この記事に書かれているようなアドバイスは、この家族を今以上に徹底的に破壊する有害なアドバイスである可能性がある。母親が本稿を見つけてくれることを心底願う。