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I AM A COMEDIAN テレビから消えた男を観て

 とかく世間様では、ジェンダーレスとかLGBTQとか多様性とかそんなお言葉が好きなようだが、テレビメディアは日増しに多様化とは真逆の道を突き進んでいるように見える。

 今回のドキュメンタリーの主人公であるウーマンラッシュアワーの村本大輔氏(以後、敬称略)はフジテレビのTHE MANZAI(M-1グランプリが休止中)で優勝を飾る実力者である。

 映画の頭の方でテレビの出演本数が激減されていくことが紹介される。それが2016年、2017年までは200本を超えるが2020年にはついに1本になると。映画の中でも少し触れるが、漫才の中身で局側の要請でネタの修正を余儀なくされ、戸惑いながらもステージに立っていた。
 一方、ネタ番組としてはなく、別の番組においても呼ばれないというのは「ウーマンラッシュアワーの村本」厄介な存在という位置づけにあるのは想像に難くない。

 この場合の「厄介」とは不都合な真実を告げる人、国民がバカであることを許さない人とでも言った方がいいか。それは政治家にとって厄介であり、今のメディア、スタッフにとって「厄介」とも言える。

 本当に恐ろしいことだが今の日本テレビは多様性がなく、似たような安全な笑いで埋め尽くされている。もちろん、面白いかどうかを感じるのは客、視聴者の自由だが、X(旧Twitter)で誹謗中傷で埋め尽くされるのはどこか「非国民的」な攻撃的な匂いすらある。表現することすら許さない環境のヤバさは彼の存在を知るにつけ、ひしひしと感じる次第だ。
 
 もっぱら私は最近、ガチ中華系の人々との仕事も多いがその中で、日本人からの「日本人には町中華だ。そんな味などいらぬ、国へ帰れ」という声も受け、ふと思う。もちろん全員がそうではないが、そういう声を浴びせる者もいる。日本しか知らないとマイノリティ側の気持ちが分からぬものもいる。権力者側の皮肉る社会風刺芸すらまともに紹介出来ない日本のヤバさにどうすることも出来ないのも「戦前の空気」みたいなものか。経験はしてないけど。

 映画が始まる前、村本がどのタイミングでスタンダップコメディにのめりこんでいくのか?目指す先には何があるのか?それは映画を観る一つの動機であった。その答えの一つは震災の影響も多分にあるようだった。また、原発近くの福井生まれ、在日コリアンの方々との触れ合いを通してのマイノリティー側の気持ちとか。今の村本の構成要素が映画を通じて紐解かれる。興味深いエピソードの一つが中学校時代に「ブラジルにサッカー留学をしよう」としたことだった。彼の性格を如実に表している気がした。だってろくにサッカーも出来ないのに、何とかなるだろうって。その根拠なき自信は今のNYでの挑戦する姿にもいやがうえにもダブルのだ。

 テレビに都合のいい芸人、いやタレントであればきっと今もバリバリテレビに出ていたかもしれない彼があえて日本のテレビの枠に収まることをよしとしない背景には俄然、興味が湧く。映画の中では「俺はお笑いだから、タレントじゃないから」確かそんなことをつぶやいていた。多分に「お笑い」であるがゆえに「金」じゃない価値観で生きている人であるのはびんびんに伝わってくる。

 だが、実際の挑戦はまた生半可なものではない。英語力もままならない。ましてや文化や歴史にも決して精通してるとは思えない中でのスタンダップコメディである。渡辺直美やとにかく明るい安村のような肉体中心のパフォーマーではない。そのハードルたるや相当なものであろう。これはこれでその目論見は甘くないのか?生活は大丈夫?と過ったりもしたがこちらの動画を観ると、またそうでもないようだ。(むしろかっこ良すぎて驚いてしまった)

 そんな模索が続く中で、いよいよ本格的なアメリカでの挑戦のはずがコロナ禍におけるライブの中止。渡米の延期。居場所を失う中で絶望に打ちひしがれる、涙とそして酒。今まで知ることもない村本の姿は、言葉の鎧を脱ぎ去った弱い一面であった。
 
 映画では離婚した母と父との会話も盛り込まれる。この辺はなんだか情熱大陸かよとツッコミくなる展開であったが、父とのやり取りは映画の展開として不可欠な要素であった。これは言わぬが花だろう。ただ、個人的には同じ舞台に立つ同期の芸人とか相方の本音とかえぐり出してほしい気もした。

 全編を通じて酒を飲む彼がいた。ステージでも、廊下でも、自宅でもそれは何か酒を飲まないとやってられない何かがあるのだろう。偶然ではないはずだ。映画の本筋ではないけど、やけに印象的だった。

 「暗闇にこそ見えるものがある」と東京の夜景に輝く星空。
 
 その生きざまが痺れまくる映画であった。
 アイアムコメディアン。であり大手メディアからは干されても、自分自身がメディアであるというロゴか。かっこいいじゃねかよ。
 そしてまた、配給会社がずっと見つからないままに突き進んだ監督、製作スタッフにも拍手を送りたい。

 

 

 

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