王平伝 9-12
漢中の原野に二つの騎馬隊が交錯した。王平率いる漢中軍の騎馬隊と、成都から来た姜維の騎馬隊のかけ合いである。
「やるではないか、姜維」
「王平殿こそ、流石は前線に常駐する軍だけあります。成都の軍の腑抜け具合を思い知らされました」
そう言う姜維も、北方の羌族が出自だからか、馬術はなかなかのものだった。馬上での武器もよく使う。指揮官がしっかりしていれば、騎馬隊全体がそれに追従しようと努めて動きが良くなる。姜維の指揮はまだ成熟していない感があるが、それを補って余る技術があった。姜維の騎馬隊は実戦を重ねればかなり精強になるだろうと思えた。
北伐の時、諸葛亮は姜維を軍人としてではなく、羌族を懐柔するための使者として扱った。姜維の軍事的才能を見出したのは蔣琬だった。成都で馬岱と一軍を指揮していたところから抜擢し、蔣琬が成都軍の実戦指揮官に任命した。軍指揮だけでなく、いざとなれば羌族との交渉にも使える。悪くない人選だ。馬謖や李厳を使った諸葛亮よりも、蔣琬の方が人を見る目はあるのかもしれない。
「長安の騎馬隊といえば、将軍は夏侯覇ですね。夏侯覇と比べてみて、私はどうでしょうか」
姜維が馬を並べて聞いてきた。
「夏侯覇がどうと言うより、あの騎馬隊には張郃が生きていた時からの伝統がまだ生きていて、それがあの騎馬隊の力となっている。夏侯覇の指揮能力より、隊の組織力を気にしておいた方がいい」
「伝統、ですか」
「昔からの慣れた調練方法だとか、使い古した馬具。そんなものが兵の心を強くする。体を強くしても、心を強くしなければ強い軍はできん。お前も兵に誇りを持たせてやることだ」
「誇りを持たせる」
姜維は納得できないという顔で何かぶつぶつ呟いていた。今は分からずとも、時をかけてわかっていけばいい。
姜維の指揮は、調練をしていてはっとさせられることがあった。その動きは戦術書から導き出されるものではなく、姜維の感性から生まれるものだ。王平は、実戦経験から得た道理で騎馬隊を動かす。夏侯覇も多分そうだ。理は時に頭を固くし、柔軟性を失わせることがある。戦場で姜維の感性が夏侯覇の理を凌駕できれば大きな戦果を上げられるはずだ。
漢水に沿って西に馬を走らせた。廖化の兵が剣を鍬に持ち替えて地を耕している。廖化は北伐にも参加した古参の将軍で、兵の動かし方だけでなく屯田の方法も習熟している。漢水沿いの一帯に田畑を大きく開けと、大将軍となった蔣琬が号令したのだ。
漢中は魏との境にあり、商人は多いが、農民は戦禍を恐れて住み着こうとしない。実際に、八年前に魏軍が攻めてきた時には漢中が戦場となった。この地に田畑を開き、北方から流れてくる羌族や氐族を働かせ、蜀の国力回復の原動力とする。それが蔣琬の狙いだ。ここに住む漢族の農民は少ないため、異民族を入れても広都のように大きな問題にはならないはずだ。
蔣琬が成都から軍を率いてきたことで、どこか気の抜けていた兵の顔に生気が戻り始めていた。皆の心が戦に向かっているのだ。諸葛亮が死んで既に四年が経ち、その間に魏との戦はなく、蜀には平穏が訪れていた。その平穏さは蜀の民を惰弱にさせた。民の惰弱さは、そのまま軍の弱体化に繋がってしまう。蔣琬が出兵を決めたのは、魏との戦のためというより、蜀の民の心を一つまとめるという意味合いが強かった。
軍営に馬を繋ぎ、王平と姜維は漢中の政庁へと向かった。
「姜維の指揮はどうだ、王平。俺より上手いか」
「お前の百倍は上手くやる。大将軍の麾下としてなら今一つだが」
「そうか、俺の百倍か」
王平と蔣琬は、公の場でなければ昔と同じような喋り方をした。王平が大将軍の蔣琬に向かって皮肉めいたことを言うのを見て、姜維が顔を引き攣らせていた。
「魏との戦は、当分先か」
「長安を奪りに行くような大それた戦は予定していない。馬岱がやったように、陽平関から涼州まで騎馬を駆けさせ、貧困に喘いでいる者を糾合して漢中に移住させる。廖化が開いている田畑は移住者にくれてやる。それが今後の方針だ」
「当然、長安からは軍が出てくるだろうな」
「その程度の戦はやる。心配しなくとも、呉懿が馬岱にやったようなことを俺はせん」
馬岱を見殺したことで、漢中の軍人は呉懿に幾らかの不信感を抱いていた。戦を始めるならその不信感は払拭しておくべきだった。それで蔣琬は句扶に命じ、呉懿を密かに殺させた。姜維も、呉懿は病死したと信じ込んでいる。
「蔣琬様は羌族を懐柔する意図があって私を将軍にしているのでしょうが、私はあまり弁舌に自信がありません。北伐の時は、羌へ使者として参りましたが、良い結果は出せませんでした」
「一度、魏軍と戦しろ。そして、勝て。羌は必ずそれを見る。勝って力を示さねば、交渉で言い分を飲ますことはできん」
「長安軍司令官の郭淮は司馬懿の腰巾着のようなもので、大した指揮官ではない。長安に蔣琬がいると思ってみろ。怖くないだろう」
「なるほど、少し自信が出てきました」
「こら、そんな納得の仕方をするんじゃない」
冗談めいた話で笑っていると、李福が入ってきた。死んだ呉懿の側近だった男だ。
「廖化殿がされている開墾地からの収穫高を試算してきました。御覧下さい」
李福が姜維の体を押しのけるようにして、蔣琬に書簡を渡した。
「ふむ、まあまあというところか。開墾は今やっている所が終われば一時中断だ。廖化に伝えておけ」
「漢水沿いにはまだ田畑を開く余地があります。これで終わらせるのですか」
「開墾しても、働き手がいないじゃないか」
「羌から人を入れるために姜維殿がいるのではありませんか。何のためにこの方を将軍にされたのですか」
李福の言葉には、明らかに姜維に対する敵意が籠められていた。王平は眉を顰めてそれを聞いていた。
「涼州から人は連れてくる。だがそれにも限りがある」
「そうですか。一応、新しく開墾するに適した地を記載しておきました。これにも目を通しておいて下さい」
書類を置き、李福は退室した。蔣琬は置かれたものを一瞥し、卓の上に放り投げた。
「李福とはああいう男なのか、王平」
「呉懿が生きていれば、呉懿と共に幕僚の一人となっていただろう。自分がいるはずだった場所に姜維がいることを妬んでいるのだ」
それも漢族にではなく羌族に。思ったが、それは口には出さなかった。
「李福が作成した書類は分かり易く優れている。しかし性根に難ありか」
「優れていても、それは蜀のためではなく、自分の出世のための仕事だ。李福とはそういう男だ」
「覚えておこう。諸葛亮殿は人選を誤り、国難を招いてしまった。俺はその轍を踏むわけにはいかん。計算や図面を描く技術に優れていても、それでその者が優れていると言い切れないことはよくわかっている。兵糧の管理を上手くやる楊儀は、蜀にとっての害悪でしかなかった」
「姜維を将軍にしたのは、俺は間違いではないと思っているよ」
「私にはまだ何の実績もありませんよ、王平殿」
「実績があっても碌でもない奴はいるさ。南方の戦で手柄のあった馬謖は、街亭であっさりと張郃の軍に惨敗した。俺はあれほど諌めたというのに」
「馬謖のような者は、俺は選ばん。安心して戦場に向かうがいい」
諸葛亮は人材を、例えば梯子や手押し車の様な、自分の仕事を助ける道具だと思っていた節がある。人材には、心がある。それを見ようとせず、己の力だけで全てをこなそうとしたのが諸葛亮の誤りだった。蔣琬は周りの言うことを良く聞き、おかしなことを言う者を遠ざけた。これは蔣琬の、諸葛亮より優れている点だと言っていい。
「蚩尤軍の報せによると、長安の騎馬隊は洛陽に出向いている。遼東が叛乱を起こしたのだ。これに乗じ、王平と姜維には魏領を深く涼州まで入ってもらう。廖化を祁山まで出して後詰と兵站をさせよう」
王平と姜維は頷いた。
軍を陽平関に集め、涼州へ向かう準備が整えられた。王平と姜維がそれぞれ三千騎。廖化が一万の歩兵でその後方から続く。それで足りなければ、劉敏と杜棋が漢中軍を率いて駆けつける。悪くない構えだ。
出撃の直前に、姜維が李福に何か言われているのを目にして、王平は気になって馬を寄せた。
「兵糧は、一粒も無駄にするな。穀物は一粒一粒が文官の血だと思え。それを啜りながら軍人は戦をするのだ」
「わかりました」
「本当にわかっているのか。ただ飯喰らいは許さんからな」
「何をしている、李福。出撃の前に気を削ぐようなことを言うんじゃない」
李福は王平に少し目をやり、舌打ちをして去って行った。
「ありがとうございます、王平殿」
「何故、怒らんのだ。自分が羌族であることを気にしているのか。お前自身がはっきりと言わなければ、侮られるばかりだぞ」
姜維は黙って俯いていた。
王平はいきなり姜維に剣を抜き打った。何でもないように、姜維は自分の剣でそれを受けた。目は、死んでいない。
「今から俺のことは呼び捨てにしろ。目上への言葉も使うな」
王平は剣を収めながら言った。
「どういうことですか」
「俺たちはどちらも将軍で、年もほぼ変わらん。対等に話をしようではないか」
姜維が王平と親しくしているのを見れば、周りの者の姜維を見る目は変わってくるはずだ。
「わかりました」
「わかりましたではない。わかった、と言え」
姜維が頬を緩ませた。
「わかったよ、王平。気を遣わせて悪いな」
「それでいい。戦場で余計な遠慮をされて、全滅でもしたらたまらんからな。少しの気遣いが、勝ちを負けに変えることもある」
「お前もな。お前からはまだ学べることが多そうだから、戦場で簡単に死んでもらっては困る」
「言うではないか。戦場では、お前の指揮に期待するぞ」
出陣を告げる銅鑼が鳴らされた。二つの騎馬隊が、陽平関から西に向かって飛び出した。
下弁を抜け、祁山に向かって北へ馬首を向けた。馬岱がしたような隠密行動でなく、堂々と旗を掲げ、雍州の西に点在する氐族の村に存在感を示しながらの行軍だ。目に見えないところでは蚩尤軍が、苻健の一族が広都で良い暮らしをしているという噂を流している。
祁山を越え、南安に入った。そこまでは、魏の地方軍が申し訳程度に阻んでくるだけで、それは蹴散らした。漢中から出て程近い雍州の西側は、魏国の方針により荒廃しつくしていて、糧食などの奪えるものはほとんどない。守るべき財がなければ、強い軍はいない。
しかし、人はいる。漢中への移住を希望する者は、祁山に駐屯する廖化の軍が受け入れることになっている。
南安を越え、涼州との州境の手間までやってきた。目的は、羌の族長である宕蕈と会うことだった。王平は宕蕈に使者を出して敵意が無いことを伝え、涼州の玄関口である楡中に入った。漢中と違い、楡中の街は緑が少なく土の色をしていた。雨が降ることが少ないのだ。
六千の騎馬を楡中の郊外に駐屯させ、宕蕈の待つ屋敷に行った。
「久しいな、姜維。最後に会ったのは、魏と戦をしていた四年前か」
宕蕈の髪は縮れていて楡中の街のように茶色く、目は姜維のように彫が深く、羌族の地に来たのだと王平は実感した。
「俺のところに来たということは、また魏と戦をするということかな」
「そうではありません。漢中で大規模な開墾があり、そこでの働き手を求めているのです。どうか、人を出してはくれませんでしょうか」
「人がいないのに、田畑を開いたというのか。蜀国は戦で人が減っていると聞いていたが、それは本当のようだな」
「これは、蜀と羌の友好のためです。羌族の私が蜀軍にいるのもそのためではありませんか。どうか先ず、そこをご理解ください」
「魏が蜀を攻めるとしたら、先ず漢中だろう。俺は族長として、一族の者をそんな危険な場所に送り込むわけにはいかん」
王平は二人の会話をじっと聞いていた。
「しかし蜀は天険に守られ、いかに魏の大軍であろうと容易に攻め込むことはできません」
「それも知っている。しかしそれが我が一族を蜀の最前線に住まわせる理由にはならん。成都に近いより安全な地と言うのならまだ考えていいが」
姜維が黙ってしまった。なるほど姜維の弁舌は交渉事には向かない。
「宕蕈殿の申されることは尤もです」
「王平殿と言われたか」
「羌族は涼州を母なる地にしていると言えど、建前では魏国に属しており、魏と敵対する蜀と勝手に交誼を結べば長安の郭淮から何を言われるか分かりません」
宕蕈の顔色が少し変わった。
「その通りだ。あの男はなかなかに五月蠅いことを言ってくる。それでも俺に人を出せと言うか」
「どこにでも人の手に余る者がいます。例えば乱暴者だとか、嘘をつく者だとか、罪を犯して牢に繋がれている者。そういう者を漢中で受け入れましょう」
「羌のならず者を寄越せと言うか」
宕蕈が腕を組んで考え込んだ。姜維の言葉よりは、確実に手応えがあった。
「王平殿の提案は、正直有り難い。ならず者を受け入れてくれることがではなく、その心遣いが有り難い。しかし、やはりそれはできん」
「魏軍を恐れますか」
「戦場で俺一人が死ぬだけならいい。一族が魏軍に蹂躙されることが恐ろしいのだ。蜀軍が魏領に侵入していることで、長安の軍は既に動いているだろう。それがこの楡中に向けられないとは言い切れん」
「司馬懿率いる魏軍の精鋭は、遼東に行っているのです」
姜維が言い、王平がそれを手で制した。
「雍州西方に棲む氐族は、困窮により漢中に移住しようという者が少なくありません。氐とは違い、羌の地には一定の豊かさがあるのだとわかりました」
「氐族の地は漢中に近いというだけで、何の罪もないのに絞られていると聞く。憐れなことだ。どれ程が、漢中に移る」
やはり食いついてきた。隣に棲む異民族の動向が、気にならないはずはない。
「五万を目指しております。魏軍の妨害があるでしょうから難しいことだとは思いますが」
「五万も。氐族には父祖の地への誇りというものがないのか」
「それだけ貧しいということです。貧しさは、人の心から誇りを奪います」
氐族が蜀と結んで魏に反旗を翻せば、雍州の西半分が蜀領になり、涼州の玄関口である楡中は国境を接する最前線となってしまう。口には出さないが、宕蕈はそのことを気にしているはずだ。
「すまんが、羌は氐のように蜀に力を貸すことはできん。しかし話し合いの場は持ち続けたい。いつまで楡中に滞在できる」
「長安軍が近づいているでしょうから、この話し合いが終わればすぐにでもここを離れなければなりません」
「わかった。漢中へ、俺から密かに使者を出そう。もしかしたら人手を出せるかもしれん」
「有難うございます。今は、その言葉だけで十分ここに来た甲斐があります。これで大手を振って漢中に帰れます」
王平と宕蕈は手を取り合った。
「郭淮から、蜀軍を攻撃しろという通達が来るかもしれん。すぐに軍を退いてくれ」
「そうすることにします」
王平と姜維は屋敷を出て、かなり日が傾いていたが楡中から南へ引き返した。南安から祁山に向かう道中で、斥候を放ちつつ野営した。
北方の夜の風は冷たい。外套に身を包み、焚火で温めた兵糧を啜って寒さを凌いだ。
「俺は情けないよ、王平。交渉で何の役にも立たなかった」
「そんなことはない。お前がいてくれたお蔭で交渉ができたのだ。俺一人で行っていれば、捕らえられて郭淮に首を送られていたかもしれん」
「北伐の時もそうだった。俺の交渉はいつも上手くいかん」
「わかっている。お前の交渉下手は、蔣琬もよくわかっている。だから俺が楡中に同行したのだ」
「はっきりと言ってくれる」
火に照らされた姜維の顔がむっとした。
「怒るな、姜維。不得手なことは誰にでもある。不得手なことを認めず、無理に押し通そうとすれば必ずおかしなことが起こる。俺は字を読めないことを受け入れてしまっているよ」
姜維が顔を和らげ、折った枝を焚火に放った。焚火がぱちりと音を立てた。
その音に重なるように、金属を鳴らす音が聞こえてきた。句扶。王平が呟くと、闇の中から浮かぶように、焚火に照らされた句扶の顔が現れた。蚩尤軍に慣れていない姜維がそれに驚いた。
「郭淮の率いる長安軍三万が西進しています。祁山まで、あと二日で到達します」
「意外と早かったな。それで、騎馬隊は」
「夏侯覇は洛陽に行っていたらしく、出遅れています。早くて、郭淮の到着から一日遅れというところです」
「一両日、敵に騎馬隊はいないか」
魏軍三万と、蜀軍二万千ということだ。兵力では劣るが、騎馬隊を上手く使えば戦えないことはない。現場での決定権は、蔣琬の幕僚内で武官筆頭となった王平にあった。
「魏軍の後詰を詳しく調べておいてくれ」
句扶が頷いた。遼東に主力を出しているからといって、巨大な国土を持つ魏の底力を甘く見てはいけない。句扶の姿が闇に消えていった。
王平は劉敏に後詰を要請する伝令を出し、兵の体を冷やさないようしっかり火を熾し、睡眠を取らせた。そして夜明けと同時に出発した。
北にやっていた斥候が、宕蕈が兵を集めていると報せてきた。やはり郭淮が羌に手を打ってきた。王平は馬を駆けさせながら、頭の中の地図に羌族の軍を描き加えた。
祁山に布陣する廖化の歩兵一万は、地形を考慮した見事な陣を組んで王平の帰還を待っていた。さすがは古参の将軍だと、王平は馬上からその陣を眺めて感心した。
祁山の本陣に、姜維と二人で入った。
頭髪と口髭を白くした眼付きの鋭い廖化が、王平を見て筋骨隆々の腕を拱手させた。昔、荊州で仕えていた関羽という将軍が呉に討たれた時に、全ての毛が白くなってしまったのだという。兵でも将でも、一度死線を潜り抜けた男は強い。
「良い陣だ、廖化。いつでも開戦できそうだな」
皺を刻ませた廖化の顔がにやりとした。老いてはいるが、心までは老いていない。魏軍と戦う気を満々とさせている顔だ。古参とはいえ呉懿のような陰気さはなく、年若な王平の言葉にしっかりと従ってくれる。蔣琬の人選がここにも光っていた。
「軍団長、羌が魏軍に呼応したようですが」
「指揮官の宕蕈に戦意はない。魏につくべきか、蜀につくべきか迷っているのだ。ここで魏軍をうち破り、羌に蜀軍の強さを見せつけておく必要がある」
廖化が満足そうに大きく頷いた。
「廖化は、羌の軍を押さえてくれ。これは格好だけでいい。郭淮が廖化の側面を突いてきたら、俺と姜維がその足を止める。漢中から劉敏が到着したら一挙に攻勢に出る。その時は羌の軍を無視し、長安軍に矛先を向けてくれ」
「もし、宕蕈がやる気を見せたら」
「潰す。劉敏に郭淮を押さえさせ、俺が一直線に宕蕈の首を奪ってきてやる」
「御意」
「俺と姜維は、劉敏の後詰が来るまで時を稼ぐ。一日遅れで夏侯覇の騎馬隊が来る。それまで郭淮の三万を翻弄してやるぞ」
軍議を終え、廖化が歩兵を動かし始めた。続報によると、羌軍は騎馬五千。これが郭淮の歩兵と連携されれば厄介だが、それは考えられない。廖化の一万を当てておけばいい。
郭淮が数を頼んで押してくれば一番良かった。深く引き込み騎馬で退路を断ち、劉敏の漢中軍をぶつけてやれば勝てる。逆に距離を取られて守りの陣を布かれたら困ることになる。大軍同士での対峙となれば、多くの兵糧を消費することになる。今の蜀にそれはできなかった。
明確な勝ちが欲しい。その勝ちを、氐族や羌族に見せておく必要がある。魏軍と干戈を交えず漢中に帰ることは負けに等しい。整然と移動して行く廖化の軍を眺めながら、王平は郭淮を誘い出す策を考えた。
魏軍が攻めてくれば、負ける気はしない。馬謖や楊儀のような、足を引っぱる男はこの軍内にはいない。それは人を整えた蔣琬の仕事の成果だ。
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