日立フルSiCに関する疑問
Ver. B
前回のおさらい
皆さんこんにちは、ensen-yです。
さて今回の記事はこちらの記事の続きになります。
まだお読みでない方はこちらから先にご確認ください。
前回の記事では東芝、日立、三菱の3社のフルSiCモジュールを比較していきました。
ここで、日立(旧 日立パワーデバイス、現 ミネベアパワーデバイス)製のフルSiCモジュールには還流ダイオードとしてSiC-SBDが並列に取り付けられていないことが分かりました。
そこで考えられる可能性は以下の3つ。
外付けでSiC-SBDモジュールを取り付ける
社内向けにSiC-SBDも取り付けたモジュールをラインナップしている
MOSFETのボディダイオード通電を許容する
今回の記事では3つ目について、すなわち「日立フルSiCはMOSFETのボディダイオード通電を許容しているのではないか?」という疑問について考えていきたいと思います。
フルSiCに還流ダイオードをつける意味
そもそも還流ダイオードをつける意味はなんでしょうか。
インバータのスイッチング素子にIGBTを使う場合、還流ダイオードが必要となります。
これはIGBTが逆導通できない、すなわちエミッタ-コレクタ方向に電気を流せないからです。
もしIGBTに還流ダイオードを付けないと、出力電圧と電流の向きが異なる時やデッドタイム期間に電流を流せず電流不連続となる他、IGBTのエミッタ-コレクタ間に高い電圧が印加され素子が破壊に至ります。
一方でMOSFETの場合について考えます。
MOSFETにはIGBTとは異なり以下の様な特徴があります。
逆導通できる
オンの時、ドレイン-ソース方向にも、ソース-ドレイン方向にも電気を流せます。ボディダイオードを持つ
仮にオフであっても、MOSFET自体が並列にボディダイオードを持つ構造のため、ソース-ドレイン方向に電気を流せる。
これだけ見るとスイッチング素子にMOSFETを用いる場合、還流ダイオードを別付けする必要はなさそうですね。
ところが実際にはSiC-MOSFETに並列にSiC-SBDを取り付ける場合もあります。
これはどういうことなのでしょうか。
SiCデバイスのバイポーラ劣化
SiC-MOSFETを用いる場合も還流ダイオードにSiC-SBDを取り付けるのには、主に以下のような理由があります。
ボディダイオードの特性が悪い
リカバリ特性やオン電圧特性を改善するために、並列にSiC-SBDを設けている場合があります。SiCデバイスのバイポーラ劣化を防ぐため
ボディダイオードはバイポーラ動作するため、これを防ぐために並列にSiC-SBDを設ける場合があります。
ボディダイオードの特性が悪いというのは分かりやすいですね。
MOSFETに寄生しているボディダイオードは元々ダイオードとして作られた訳ではないので、特性があまり良くないことが多いです。なので、もっと良いダイオードを並列に接続したりします。
一方でバイポーラ劣化というのはどういう事でしょうか?
ここでは詳しく述べませんが、SiCデバイスはバイポーラ動作させると内部の結晶欠陥が拡張され、オン電圧が増加する(=導通損失が増加する)という課題があります。
ボディダイオードはMOSFETのPN接合部に寄生したダイオードのためバイポーラ動作します。
なので、これを防ぐために並列にSiC-SBD(ユニポーラ動作)を取り付ける必要があるんですね。
参考資料 : 鳥見 聡,「SiCパワー半導体バイポーラ劣化抑制方法の研究」, 令和元年度 九州工業大学 博士学位論文
ちなみに並列に取り付けたSBDにだけ電流を流すためには、SBD側の順方向電圧(Vf)降下がボディダイオード側より小さい必要があります。
※SBDのVf(SBD)でソース-ドレイン間電圧がクランプされ、ボディダイオードのVf(Body)がSBDより十分大きい場合(Vf(Body)>Vf(SBD))は、ボディダイオードに電流が流れません。
ところが、このVf(SBD)をVf(Body)より十分に小さくするためには、SBDのチップサイズを大きくしなくてはいけません(イメージ的には抵抗の式と同じ=断面積が大きい方が抵抗が小さい)。
大きなSBDのチップを載せるとモジュールサイズが大きくなってしまいますね。
そこで、東芝や三菱電機はSiC-MOSFETのチップにSiC-SBDを内蔵する構造を採用し、モジュールサイズの低減とバイポーラ動作抑制の両立を図っています。
前回の記事で比較したモジュールもこのSBD内蔵タイプのチップを使用しています。
一方で日立はどのように対応しているのでしょう。
ボディダイオード通電を許容しているのでしょうか。
ここで以下の文献の図3を確認してみます。
出典 : 齊藤 克明, モビリティを支える次世代パワーデバイスによる「付加価値/コスト」の向上, 日立評論, Vol.105, No.03, 2023
ここにもSBDなしと書いてありますね。
そして、図5に書かれた構成例ではSiC-SBDモジュールを取り付けている様子はありません。
こちらの図ではSBDとPiNダイオードを区別して書かれており、既存のモジュールも含めて、並列にSBDを取り付けて使用することを意図していないように思われます。
出典 : 齊藤 克明, モビリティを支える次世代パワーデバイスによる「付加価値/コスト」の向上, 日立評論, Vol.105, No.03, 2023
またこちらの文献を確認してみましょう。
東京メトロ17000系で採用されている、PMSM駆動用のフルSiCインバータですね。
PMSM駆動用途ですから必然的に1C1Mとなり、インバータ体積の削減が必要になります。
このようなインバータ用途で、SBDモジュールを別に接続するのは寸法的に装置として成立しない可能性が高く、社内向けにSiC-SBDが接続されたモジュールを提供していない場合、ボディダイオード通電となっている可能性があると考えられます。
ここで上記文献の参考文献(1)を確認してみます。IEEE会員ではないので、概要だけ読むと以下のような記述があります。
なんだか怪しげな文言がありますね。
還流ダイオードを使わずバイポーラ劣化をある程度抑制する手法を用いることで、SBDレスの構造としているようです。
もちろんリカバリ特性の悪化等はありますが、SiC-PiNダイオードもSi-PiNダイオードからある程度リカバリ特性の改善は見込めます。
※ただし、ワイドバンドギャップ半導体であるSiC-PiNダイオードのビルトイン電圧はSiよりも高くなります。
参考文献 : 高尾 和人, 四戸 孝, 金井 丈雄,「SiC-PiNダイオードとSi-IEGTのハイブリッドペアによる高周波駆動大電力変換装置」, 東芝レビュー, Vol.66, No.5, 2011
また、逆導通可能なMOSFETでは還流ダイオードに通流するのはデッドタイム期間がメインで、そもそも還流ダイオードに電流はあまり流れません。
近年、Siデバイスと比べ結晶欠陥密度が高かったSiCデバイスも改良が進み、これくらいならボディダイオード通電しても大丈夫なのかもしれませんね。
※ちなみに三菱電機やロームといったメーカも1700V以下の耐圧ではSBDレスのモジュールを製造しています。
まとめ
今回の記事では、日立フルSiCでは還流ダイオードにMOSFETのボディダイオードを用いているのでは?という疑問について、資料調査結果から検討をしていきました。
結論から言うと日立のフルSiCインバータは7割方ボディダイオード通電を許容したSiC-SBDレス構造となっているのではないかと思われます。
ただし、直接的な資料がある訳ではないので、あくまで疑問が完全に解消されたわけではありません。
引き続き調査をしてみたいと思います。
それではまたいつの日か。
変更記録
令和7年1月19日 Ver. A 発行
令和7年1月26日 Ver. B 発行
SiC-PiNダイオードのビルトイン電圧に関する記述を追加。