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ピンチョンわかんない、でも好き。

トマス・ピンチョンという作家の小説を読んでいる。全制覇しようとしている。たしか10年くらい前に、新潮社のピンチョン全小説に本屋で出会ってから、時には中断したり離れたりしながら、追いかけている。ピンチョンの小説はよくわからない。ピンチョンのこともよくわからない。わからない本をわざわざ読んでいる。しかもピンチョンの本はちょっと高い。でも、それくらいの値段はするよね~と謎の理解を示し、ためらわず買ってしまう。高くてよくわからない本を読んでいる私はいったいなんなんだ。

ピンチョンの書いている事がわからないのは、私の理解力というか素養と読書スタイルの方に問題があるのだとも思う。感想ブログや口コミ(そういうのはあまりたくさんは読まないようにしているけれど)を読むと、“これこれこういう話でこれこれはこういうことでしょう”とクリアーに物語の解説や感想を記している人はいくらでもいるし、そもそもアメリカ本国で売れて評価されて、日本語に翻訳されて出版されているのである。ちゃんと読める人にはわけのわかる面白い小説なのだと思う。
ピンチョンに限らず難解な長編小説を読み込んでいる感じの人は、だいたいメモを取りながら読んでいる、ということに気づいた。私は読書の時にメモをとる習慣がないので、それも理解に差が出ている原因かもしれない。まず、登場人物が覚えられない。一応本の帯の折り返しの所には主要登場人物が書いてあるけれど、そこには載せ切れない大勢の人が出てくるし、「ジョンって誰だっけ?」→帯を見る→「ジョン・スミス…メアリーの友人……誰?そんな人いたっけ?」みたいな事がしょっちゅう起きる。それでぜんぜん話の流れわからない。流れがわからなくても目の前の1文は読めるの精神で1文1文を追い、帯の人物紹介を見ながら1ページ1ページをめくり読み進めていく。すると、信じられないくらい心を掴まれるシーンに出くわしたりする。話がよくわかっていないのに、不思議である。例えば『ヴァインランド』のゾイドとフレネシの結婚パーティーのシーンなんて牧歌的で多幸感にあふれた素晴らしい描写であった。たぶん。(まぁ『ヴァインランド』は比較的読みやすかった。たぶん。)
そしてわからないなりにも読んでいると、稀に「こ、これは!!ピッカーン!!!」と閃くような快感が訪れる、それがピンチョンに惹かれる理由のように思う。たぶん。

メモを取りながら読書をする、という読み方を知ったというか、“あぁそうすればいいのか”と気づいたのはわりと最近だ。他の人が読書の過程をTwitterにあげたりしていて、なるほどこれが精読というのかな?こうすればしっかり理解しながら読めるのかな?と気づいた。あたりまえすぎるけれど。私と同じようにわからんわからんと言いながらただ読んでる人も大勢いるのかもしれないけれど。メモを取ってもやっぱりよくわからないかもしれないけれど…。

来たる2021年5月26日に、ピンチョンの最新作『ブリーディング・エッジ』が発売される。楽しみだ。また、わからんの渦に入っていける。それとも初めてメモを取りながら読んでみようか。そんなこと言って、しばらく積ん読になる可能性もある。とにかく発売を待ちわびている。(5/27追記:買いました)

ちなみに原書(英語)のKindle版『Bleeding Edge』は1,000円以下で買える。(私が買ったときは550円だった!)英語は読めないけれど、Kindle版なら単語で検索をかけたりできるのでとりあえず買ってみた。


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