短歌連作「湘南が遠くなっていく」(共作)
Twitterを通じてやり取りをさせていただいている小俵鱚太さんと一緒に短歌の連作を作りました。
Twitterでは上記のように6月に公開していたのですが、noteにも残しておきたいと思います。後書きなども含めたPDF版は★こちら★からどうぞ。
※当然、掲載に関しては小俵さん了承済です。念のため…。
◆小俵鱚太 ◇エノモトユミ
※最後の一首は上の句◆、下の句◇
◆
呑むだけでひとり過ごしたマンションの冷蔵庫には五枚の写真
県庁の仕事はだいたい平板で春またすこしベテランとなる
調停は心みだれる、四十の誕生日に見た家裁の生垣
なに見てもなにかを思い出す海よ 弁護士から来たメール読む、泣く
鎌倉にもう住む理由なんてなくそれでもどこか執着していた
◇
わたしのじゃなかったみたい純白のドレスをまとうあかるい未来
「主任」といういらぬ肩書きついた春 東京の街は黄砂で霞む
鎌倉で紫陽花巡りをと言ったのはどっちだったか遠い約束
木曜は空室がある「大人一人」旅行サイトをさ迷う視線
恋人が夢でも告げるさようなら横須賀線の揺れで目覚める
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◆ アニバーサリー休暇と有給つなげ取る娘が生まれた六月七日
◇ 紫陽花が青々として待っていた心を青に染めたがる青
◆ 一度目が合って逸らした明月院 お互いひとりなことだけわかる
◇ 凪いでいる目と目があった気がしてる名月院の丸い静止画
◆ 「そこはだめ。高いだけだし」茶屋前でまた見かけたら声が先出た
◇ 振り向けば真っ白なシャツそのあとでさっきの人だと目をみて気づく
◆ ナンパしたことに気がつき恥ずかしさ悟られぬようゆっくり喋る
◇ 少しずつ空気ほどける向き合って食べたタルトの素朴な甘さ
◆ 隠さずに訊けば素直に応えきてむしろおれから吐露する流れ
◇ なくしもの似ているせいだ楽しげにまた明日ねと小さく手をふる
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◆ 偶然にもふたりそれぞれ麻のシャツ着て落ち合えば笑うしかない
◇ 駅前で待つ人がいる 心なしホテルの鏡を長く見つめる
◆ 昼まえの江ノ電極楽寺で降りて映画の景色をなぞる一日
◇ 何回も自然に笑うへたくそな海の写真が増える江ノ電
◆ 「祐子さん」とはじめて呼ぶ 海へ出るその瞬間の表情を見る
◇ 紫陽花のむらさきになる影を踏みそれから腕に触れそうになる
◆ 帰りたくないとあなたの顔が言う、おれもそういう顔だと思う
◇ ダイキリが渇いた喉を潤して深まる夜の底までおちる
◆ 何度めの夕立ちのせい酒のせい、並んで座るタクシーのにおい
◇ タクシーを待つ列の中いまさらに熱くなる頬隠しうつむく
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◆ 朝もまた求めてしまう 背を舐めて肩を甘噛み突き上げてゆく
◇ 朝の陽に満ちるベッドで言葉なく夜とは違う触れかたをする
◆ 脱け殻のように乱したシーツのまま卵が四つあって良かった
◇ 奥底に残る気だるさ あぁこれは卵の黄身のゆるさに似てる
◆ 贖罪のごとく立ち寄る八幡宮、思えば真面目に祈ったことない
◇ 八幡宮を行く背中 その裾を掴むだけなら簡単なのか
◆ 御守りを買ってあげると口をつきすぐに愚かな言葉と気づく
◇ ここに愛はある訳ないと折り鶴のお守りくらい自分で選ぶ
◆ また逢いたいと礼儀正しい声が出た あなたを傷つけたのかもしれない
◇ 部屋で見た写真の笑顔はここにない わたしは通りすがりに過ぎない
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◆
調停がすべて片づく年末はさみしさに似た優しい気持ち
初詣きますか、離婚しましたと、返事はこない前提で送る
年が明け高値で売れたマンションを引き払うため捨て続ける春
「県庁の方なんですね」うなづいて横浜市民に変わる区役所
紫陽花は今やどこでも満開で また湘南が遠くなっていく
◇
晩夏には紫陽花も朽ち十月は新たな職と住まいに変わる
返すべき言葉がなくて「離婚した」の文字を何度も眺めるばかり
肩越しに見た部屋と青い紫陽花の記憶に心疼いた日もある
新しい職場で出会ったひとと手をためらいもなく繋ぐ六月
忘れゆく手や唇のあたたかさ もう湘南が遠くなっていく
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湘南の海に片脚さらわれて朝のふたりを思い出せない
※それぞれ十五首までは短歌連作サークル「あみもの」第十七号に掲載