不遜。
大阪湾の奥側で放つ穏やかな朝日。
湯気から立ち昇るうまみの効いた出汁と、丸餅の入ったお雑煮。
「もっと走らなアカンーーーー!」公園で凧あげを教えるお父さん。
初めて、
神戸の正月をゆっくり過ごすことができた。
昨年は訃報に触れることがいくつかあった。
そして年明けの出来事も重なり、
さらに自分の体調を崩し、
時間とか、
命とか、
そんなことを考え茫漠としていた。
「もし家族が亡くなったらやっていけるのか俺は」
「もし今の仕事がダメになったらどうすればよいのだ」
「もし周りから信用失ったらとても怖いなあ」
毎回毎回、
身体を壊すとどうしても気持ちも無意識に落ち込でしまう。
ただ、その後にいつも。
「せっかく機会をもらってるんだ。
チャンスがあるんだ。
励ましてくれる人たちがいるんだ。
いけるとこまで行こう、この道中を楽しもう」
この気持ちになる、必ずなる。
そして災害は毎回、死生観を強くさせる。
・・・
『出会いに感謝です・・・』
『皆様のおかげで・・・』
『ご縁がご縁を呼び・・・』
・・・違う。
そんな聞こえの良い言葉で自分のこれまでを現わせない。
万が一、死の間際になったときに出る言葉はこれではない。
もし数分後に自分死ぬと決まっているなら、1番に感謝したいのは自分自身だ。
自分が動けたから、
友人に恵まれ、
仕事のパートナーにも恵まれ、
家族を作ることができ、
シェアキッチンを利用してくれる方はみんな素敵で、
コーヒーに情熱を注ぐ方にも出会え、
世界を見る経験もできた。
だから、もし生き延びれたら、自分はまだまだ面白い経験を仲間と創ることができるに間違いないんだ。
だから今年も素直に、正直に、毎日を大切に過ごそうと思う。
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